様々な環境汚染に直面し、平凡な一人のお母さんができること  

 日本にいたとき、私はとにかく「これはお前(女)の仕事だろ」と食事の支度や家事全般を押し付けられたり、「あなたは結婚して子どもを産めばもうそれでやることないわね」と言われるのが嫌で、いつも「家庭、台所、家事から解放されたい」と願い、その願いを実現するために深夜まで残業したり、国家資格を取得するために勉強したり、大学院へ通ったりしていました。

 十年前にジェンダーと空間についての勉強をするために台湾大学の博士課程に入学したとき、台北では女性が一人で三食外食しても周囲の目を気にしなくても良いことに気づき、とても開放的な気分になりました。最初の二年間は寮住まいだったこともあり、三食外食。文化研究に関心があったので、とにかく現地人の食べるものを食べ、現地人の生活様式を理解しなければという思いが優先していました。また、「人間が食べるものは何でも食べられる」というのが私の数少ない長所の一つだとも思っていました。でも、なぜかちょっとしたことで怒りが止まらなくなったり、感情的になったりしていました。当時はカルチャーショックだと思い、関連する論文を読んだりしていました。

 博士課程三年目から台所のある部屋に引っ越し、近くの市場で買い物をし、ごはんを作るようになりました。このときは単純に、伝統市場という空間に関心をもち、研究テーマにならないかと考えていたことが関係しています。当時は特に食品の安全には関心がなく、現地人の買い物の仕方や店主と消費者のコミュニケーションのあり方、市場という空間の特性、現地人のごはんの作り方を学びたいと思っていただけでした。

 そんな私が変わったのは、やはり311原発事故がきっかけです。当時長男が生後三か月で、そろそろ赤ちゃん用のビスケットのようなものを準備しなくてはと考えていました。311前はデパートで販売している日本の大手企業の赤ちゃん用食品の購入を考えていましたが、心配になり老舗の日本企業に連絡してみました。対応された男性はとても礼儀正しく丁寧な方でしたが、彼は、会社としては日本政府の基準(500ベクレル/キログラム)を満たしていれば商品を販売する方針ですと回答されました。

 原発事故後、食品の安全基準を500ベクレル/キログラムまで大幅に引き上げた日本政府の対応にも驚きましたが、長年乳幼児向けの商品を販売している老舗の大手企業ですら、独自の基準で対応することができないということに大きな衝撃を受けました。このときはじめて、「安全基準」「国家基準」というのは、何か政府や企業に不利なことが起きれば、あっという間に変更されるものであり、汚染された食品を食べた人が大量にすぐに亡くなったりしなければ、問題にならないということに気づきました。2011年は台湾でも塑化劑の問題が起こり、結局日本でも台湾でも「国家基準を満たしている」「検査済み」イコール食べても安全というわけではないということに気づきました。

 日本から輸入された食品の購入を断念したことを皮切りに、この四年間さまざまな食品と「さようなら」をしてきました。この四年間でわかったことは、慣れ親しんだ食品とさようならすることは、一見とても困難なようですが、私のような料理音痴でも、簡単でおいしく作れるレシピと、現地の生産者が心を込めて育てた旬の食材さえ入手できれば、三食楽しくごはんをいただくことができるということです。肝心なのは、安心な食材や実用的なレシピを探したり、ごはんを作る時間や労力を惜しまない、自分の生活様式を根本的に変える決心があるかどうかということです。

 食事を変えてしばらくすると、まず味覚大きく変わったことに気づきました。食材を慎重に選んで三食作るようになってから、たまに以前外で食べていたものを食べると、舌がひりひりしたり口内炎ができるようになりました。味覚が変わっただけでなく、加工食品、添加物や乳製品、砂糖を控えるようになってから、ひどかった月経前症候群や生理痛がなくなりました。また、留学当初のように怒りが止まらない、感情が爆発したり、無性にイライラするということもなくなりました。

 その他の五官もより体に悪いものに敏感に反応するようになりました。以前使っていたシャンプーの臭いに耐えられなくなったり、高圧電線の下に行くと頭痛がしたり、大気汚染がひどいときは目や鼻がかゆくなるなるのです。また、自分の体の変化に敏感になっただけなく、子どもたちの心身の変化にも敏感になりました。例えばpm2.545以上になると長男の目が赤くなること、お正月や旅行などで外食が続くと子どもの大便の色や臭いが変わること、白砂糖のたくさん入っている加工品や農薬が残留している可能性の高い果物を食べたあとやけに怒りっぽくなったりすることなどに気づくようになりました。

 私は科学者ではないし、精密な研究用の機器を有している訳ではないので、これらのことは素人の気のせい、科学的根拠がないと言われれば反論ができません。でも、原発事故や台湾の大気汚染が私に教えてくれたのは、毎日家族にごはんを準備する者、日々成長する子どもたちは、疫学の研究結果が出るまで待てないということです。また、高価な機器を使用したり大規模な調査が必要とされる研究では、莫大な経費が必要です。私たち一般人にはこれらの研究にどのような団体が助成をしているのかわかりづらいのです。関連企業から助成を受けている研究者がその企業に有利な研究結果を「科学的に正しい」と主張しても、毎日の一食一食が勝負のお母さんにとっては、それらの「科学研究」はあまり参考価値がありません。

 私たちが求めているのは、企業を利するための研究ではなく、子どもたちを健やかに成長させるための研究です。市民の立場に立って研究をしている専門家は誰なのかを見極める作業もしつつ、自分の生活様式を身体や環境に負担の少ないものに変えていくこと、家族や小さな子どもたちの日々の心身の変化に敏感になることが、子どもや家族の健康、私たちが暮らす場所を守るためには有効であると考えています。

 311後、台湾でも毎年食品安全の問題がつぎつぎ表面化してきました。事件が起こるたびに、「じゃあ何を食べれば良いの?」「少しくらい食べても問題ない。騒いでみなの恐怖心を煽るな。景気が悪くなるじゃないか。」という意見を目にします。本当は問題のある食品を生産、流通させている企業や政府に問題があるのに、問題のある商品の購入を控える消費者が責められるのです。

 このような現象は311後の日本でもより極端なかたちで現れています。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。政府や企業などの利害関係者はもちろんこういった世論の流れを歓迎します。人々が少数派の市民を攻撃している間、自分たちは責任を逃れられるからです。

 では多くの自分も被害者になる可能性の高い人たちは、なぜ少数派の危険を訴える人たちを批判するのでしょうか。それは多くの人たちが、従来の、慣れ親しんだ生活様式や思考様式を変えたくないと考えているからでしょう。今まで食べてきたものが食べられない、住み慣れた場所が実は居住に適していないという事実を受け入れるのは誰にとっても困難なことです。

 しかし、原発事故による汚染水は日々流出し、対岸のカナダ海岸でも放射性物質が検出されたというニュースもありました。原発事故だけでなく、台湾の数々の食品安全事件から明らかなように、現在の食品の大量生産、大量消費、輸入食材への過度な依頼など、私たち一人一人が意識して消費のあり方、生活様式を変えない限り、私たちや次世代をとりまく環境は悪化の一途をたどることは間違いありません。

 もう間に合わないかもしれない。でも、命のある限り、私たちにできることはまだまだたくさんあるのです。例えば毎日台所に立ち、食事を作る、それだけでも自分のできることはまだたくさんあるということを実感できるのです。ある意味では、最も恐れるべきことは、汚染物質そのものより、生活様式変えたくない、面倒なことは知りたくないという人々の心のありようだと思うのです。

 私たちが生活している空間はどのような場所でしょうか。
 博士課程で勉強していたときは、ある場所を理解するためには、現地人の生活に入り込み、彼らの生活様式、思考様式を内部から理解しなければならないと考えていました。「よそ者」の研究者志望だった私は、一刻も早く現地のコンテクストを理解するために、彼らの生活様式を模倣し、彼らが食べているものを食べていました。でも、原発事故後、自らの生活様式を変える試みを始めてから、以前勉強したことは「正しいけれど正しくない」と思うようになりました。ある場所を理解する際に、私たちは、その場に存在できる人(その他の生物)や事物を良く理解しようとつとめるだけでなく、その場に存在することのできない人(その他の生物)や事物は何かということを常に考えながら観察を続けなければいけないと思うようになりました。

 その場に存在できるものは、良く言えば生命力が強い、悪く言えばその場にある問題に鈍感であると言えます。その場に存在できない者こそ、その環境が抱えている致命的な問題(放射能汚染、その他の環境汚染など)について、身を以て私たちに教えてくれるのです。その場にある致命的な問題により、死亡した人、病気になり公共空間に出現できない人、見て見ぬ振りができず、その場を立ち去った人...私たちはこの場に存在できない彼らに思いを馳せない限り、私たちがいる場所について理解できないのです。

 私の周囲の人の中には、「環境はもう汚染されているのだから、子どもも少しずつ汚染されたものに慣らして、抵抗力をつけなければならない。過保護はよくない。」と私を諭す人がいます。私はこのような考え方に反対です。弱きものがとどまれる場所、生き延びられる場所は、その他の生物にとっても暮らしやすいはずです。私たち市民が「弱肉強食は仕方ない。」「環境に適応できないものは病気になっても、淘汰されても仕方ない。」という考えを受け入れるとき、病気になって苦しむのは私たち自身又は私たちの大切な人です。そして得をするのは、被害が出ても補償をしなくて済む権力者たちです。

 もう、子どもたちに「(食品汚染なんて気にせずに)わがままを言わないでなんでも食べろ(鈍感になれ)」「抵抗力をつけるために(大気汚染がひどくても)外で運動しろ」などと強制するのはやめませんか?子どもたちには「自分の体の変化にもっと敏感になりなさい。」「体が発しているNOのサインをきちんと受け止めましょう。」と教えませんか?刺激に弱い、敏感な家族や子どもの世話は面倒でしょう。でも、彼らは科学者の精密な検知器の代わりに身を以て私たちに警告を発してくれているのです。敏感な人たちの警告を謙虚に受け止め、彼らが安心して暮らしていける生活空間を創造する努力をしなければならないと、私は日々自分に言い聞かせています。(五十嵐祐紀子)


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