香港断章その2


 香港の抵抗運動で、よく星条旗が振られる。ユニオンジャックもたまに登場するが、数から言えば香港特別行政区の旗(バウヒニアの花)よりも多く見られる。

 中華人民共和国政府(以下「中国」)広報は、かなり早い段階からアメリカ合衆国(以下「USA」の関与を非難してきたが、それを裏付けるかのように抗議活動は星条旗を振り続けてきた。
1989天安門広場の民主の女神像

天安門広場に建った民主の女神像を覚えているだろうか。たしか竹で骨組みを組んで、紙を幾重にも張り付けて作られた高さ10mほどの像だった。私の記憶の中では自由の女神像と混同してしまっていたが、よく思い出してみると、民主女神は特にUSAを象徴するものではなかった。天安門広場に星条旗を見た記憶はない。返還直前の1996年、香港のビクトリアパークにこの女神像のレプリカが建てられたが、2010年香港政府が撤去。中文大学のキャンパスに移設という話があったが、うまくいかず大学のすぐ外に今は建っている。よく見ると、天安門にあった像と、左手に銘板(民主、人権、法治の文字が見える*)を抱えている点が違っていて、そこがUSAの自由の女神像(こちらは左手に独立記念日を記した銘板を抱えている)にかなり近づいている。今、同じ中文大学には、ガスマスクにヘルメット、傘を持った新しい民主女神像も建ち、話題になっているが、私が言っているのは古い方の女神像だ。

中文大學脇の民主の女神像
*ビクトリアパークに最初に建てられた像が抱える銘板の文字は英語でLiberty, Democracy, Justice, Human Rightsだった。

中国は香港の抵抗運動がUSAに扇動、支援されたものだという告発を続けながらも、具体的な証拠も提出していないし、正式な抗議、告発も行っていないようだ。USAがらみの金が動いていないと言い切ることはできないだろうが、少なくとも中国が示唆するような直接的な関与をUSAが行っているという事実はなさそうだ。が、香港の民主運動がUSAに「すり寄って」いるのは、民主の女神像だけの問題ではない。

トランプ大統領、お願いだから香港を自由にしてください―下のプラカードは、そう語っている。

トランプ大統領、お願いだから香港を自由にしてください
さらに、右のプラカードは「トランプ、2020、アメリカを偉大な国に」というトランプの大統領選キャンペーンの標語と並べて「香港、2020、普通選挙を」と書かれている。つまり、トランプが2020に再選されることと、同年には香港に普通選挙が実現することとを関連性の高い事柄として同時に祈願している、と読める。

「トランプ、2020、アメリカを偉大な国に」「香港、2020、普通選挙を」

個人的には、当選前に山口県の安倍晋三事務所に詣でた蔡英文(中華民国総統)を思い出した。なぜそこまで日本の極右政治家にすり寄らなくてはならないのか、自分たちの利益になると思えば日本の人々を食い物にしている権力者にすり寄るのか、恥を知れなどと(正直)思ったわけだが、香港もまたそうなのか。それともこれはある種の皮肉、ジョークなのか。USAの中に、香港人に自由と人権を、とまじめに望んでいる人々もいよう。中国を「やっつける」ために香港を利用しようという人々もいよう。『中東における唯一の民主国であり、USAの友人であるイスラエル』になぞらえて『中国における唯一の民主地域であり、USAの友人である香港』という、これも相当に手前勝手な人々もいよう。しかし、香港の抵抗運動はトランプを名指しで支持し、彼の支持を乞うているようにしか見えないのだ。もちろん、この観測は間違っているかもしれない。香港の中にも、USAの支援は願っても、トランプ支持はしないという人々も多いのかもしれない。この判断は少し横に置いておくしかない。

1992年、香港の中国への返還を5年後に控えたUSAで「米国―香港政策法(United States–Hong Kong Policy Act)」という法律が成立した。USAが香港を中国とは別個の貿易相手として扱うことを定めた法律だ。中国の参加あるいは合意を必要とせず、香港と米国間で貿易協定を結び、実行できるようにした。これは、すでに1985年に中国で制定された香港行政区基本法の骨格、つまり一国二制度=香港の自律性という謳い文句と矛盾していなかった。米国―香港政策法には、それゆえ、もし香港の自律性が失われた場合にはUSA側は香港の扱いを見直すということも書かれている。香港の自律性は、以来、じわじわと失われてきたわけだが、とりあえずこれまでは「見直し」は起きていないようだ。
ナンシー・ペロシ、香港を助けて

今年の613日、「逃亡犯条例」改正案騒動が始まった後、「香港人権・民主主義法案」が再度下院に提出された。20161116日、香港の銅鑼湾書店関係者の失踪事件をきっかけとしてマルコ・ルビオ議員らによって議会に提出され、2017年、2018年と審議されるも制定されず、今回の第116回アメリカ合衆国議会に再度提出となったこの法案は下院議長でトランプ大統領と対立激しいナンシー・ペロシの強力な支持を受けて、今回の審議では少なくとも下院通過の可能性は高いようだ。その内容は、「米国・香港政策法」で認める関税やビザ発給などの優遇措置継続の是非を判断するため、香港の自治が保障されているかをUSA政府が毎年検証するよう求め、香港で基本的自由を抑圧する、あるいは人権を蹂躙する行動があった場合に、関係者の合衆国における資産を凍結等の制裁を課すという内容。「関係者」には中国政府関係者も含まれる、としている。

 中国はもちろんこのような法律は中国への内政干渉だとして大声で批判してきたわけだが、香港基本法とそれに依拠した米国―香港政策法の法的有効性を否定することはできない(まあ、やってしまえば「できる」のだろうが)ために唸るだけで実効力のある措置はとれないできた。USA議会が、「香港人権・民主主義法案」制定に向かえば、しかし、そうも言っていられなくなる。トランプがペロシと手を組むことは想像しにくいけれど、中国への嫌がらせとして使える手段は使うだろう。宿敵が巨悪の前では盟友となる―そんなプロレス的な演出も悪くない、などと考えるかもしれない。

香港の抵抗運動が、USAに望みを託すことはその意味で理解できる。トランプを持ち上げてその気にさせようという戦略(腹の中でどう思おうと)もわかる。トランプさん、あなたは民主主義と自由の代弁者です!(うはっ!)しかし、だ。そうやってUSAと中国を激的に対立させた結果、香港に何がもたらされるのだろう。

この問いは、台湾にも問わなくてはいけない。日本の極右政権と手を結び、トランプのUSAと手を結び(両方とも信用ならない危ない相手だ)、その結果かろうじて中国からのある程度の独立性を維持しようとしたとき、台湾社会がどのような代価を払わねばならないのか、計算はできているのか。【阿川】

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