牧師、赤い聖書ができました
シヤツ牧師、ご報告その2です。今日、バイケイ教会で、牧師が心血を注いだ聖書のタクダヤ語訳の出版記念礼拝がありました。礼拝はペト牧師がとり行いました。といっても、長老教会の出版ですから幹部の方が数名、その中にはタクダヤという名称もまともに言えない人もいましたが、祝辞を述べるというか功績を主張するというか、ちょっとなんだかなあという部分もありましたが、息子さんやお嫁さん、お孫さんも来てましたよ。
この聖書は新旧約聖書の中文訳とタクダヤ語訳がついたものです。装丁の基調は「赤」ー赤い聖書なんです。すごく分厚くなってしまうので、紙質は、何というかブーブー紙のような、でも丈夫な薄い紙。ロボさんの聖書のページを破ってたばこを巻いたシヤツさんの武勇伝を思い出しました。
長老教会幹部の人の話ではトーダ語版も来年には出版できそうだということでした。長い間「太魯閣語版」しかなかったことを思うと、感無量ですね。この翻訳作業で牧師の相棒ともいえる玉山神学院のC牧師は礼拝であいさつする予定だった(そう式次第には印刷されていました)んですが、欠席でした。C牧師には「セエデク民族」の出版の際に、文章を寄せてくれるようにお願いしたけれど「年寄に聞いてくれ、私などが発言する立場ではない」と断られた記憶があります。そのときにシヤツ牧師も「そうか、しかたないですね」と言いましたね。現職の、しかも玉山の牧師なので「政治的発言」を避けたのかなあと私などは勘ぐったわけですが、今回の欠席もそのあたりに関係があるのかなあ、などとまたもや勘ぐって・・・シヤツさんからっしたら「ははは」ですね。
シヤツ牧師は「セデックが仲良く一つになれなければ、私たち民族の未来はない」という信念の下に、その息の続く限り「キリスト者」として活動されたのだと思います。長年連れ添われたロボさんを先に帰したあと、左半身が動かないのにあの小さな机に向かって右手をひたすら動かして「これ(聖書のタクダヤ語訳)を終えないと私は帰れないんだ」と言っていた牧師の背中を折に触れて思い出しています。(アウイ・カズオ)

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