74年目のニニ八

 

 数年前まで2月28日の和平公園での式典に際しては、228はまだ終わっていない、被害者の声をちゃんと聴けという主張を掲げた白衣のおじさんとか、たくさんの幟や横断幕を掲げた台湾独立派などが目についた。今年は、台北駅から徒歩で行くと最初に到達する国立博物館前に下のような人たちが。まず五星紅旗が目に入り、次に
向領導228起義 
犠牲者的共産党員致敬


と書かれた大きな紙が目に入る。入口を両側から挟むようにこれらが配置(人が持って立ってるのですが)されている。人数も少ないので、そういう人たちも出てきたんだなあくらいに思って式典会場に足を進めると、↑の写真だが、人が少なくて10時だとまだ準備中といった様子だった。
 今日のツアーの参加者たちと待ち合わせている市立228紀念館の前には、例年のように小さなコンサート会場がテントで設営されていて、学生らしき演奏者たちがリハーサルをやっていた。その前で、3人の男性と一人の女性が何やら、取材者らしき一軍を

相手に
弁舌さわやかにまくしたてている(左写真)。

「この紀念館の内容は2割は本当だが8割は嘘なんです。」

なるほど、毎年そういう主張はあるね、と思いながら続きを聞くと、

「事件でたくさんの外省人が、共産党員が犠牲になっているのに、そのことを隠しているからです。」

と続いた。外省人が殺されたことは事実であり、事実の確認も補償も―多くの犠牲者が家族を伴っていなかったこともあって―現在では不可能に近いというのも、また事実だ。だが、外省人の犠牲者を「共産党員」とおおざっぱに言い直して議論するのは、あれっという感じ。しかも、彼女たちがいう共産党員とは、台湾共産党(正確にはというか形式的には日本共産党員ということになりますが)ではなくて、中国共産党員だということも、しばらく聞いているとわかり、さらにあれっ感が倍増。

 待ち合わせにやってきた卒業生が「そうなんですよ。最近ネットでもそういう意見、よく見ます」とのこと。はてさて、これはすでに、仕掛けられた一つの流行らしい。このサイトのように「228で、共産党員を殺したのはよかったのだ、そうでなければ台湾は中国になっていたのだ」というような意見も、奇妙に↑の「共産党員の犠牲者を悼もう」という主張と符合している。

 どういうことなのか、調べて後で報告することにする。(阿川記)





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