『反「批判的人種主義」運動』の怪しさ
しかし事件の背景にあるのは人種問題へのHarrison氏の対応だったともいわれる。ジョージ・フロイド事件の後、Harrison氏は人種問題について考えるためのタスクフォースの編成などに新たに予算を組んだが、『行き過ぎだ、彼は人種問題についての彼自身のアジェンダを持ち込んだ』と批判され、辞任に追い込まれた。ちなみに彼が教育長として担当した地域は基本的に白人コミュニティだった。⇒https://www.nbcnews.com/news/amp/ncna1273595?__twitter_impression=true&s=09
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これらは、BLMから可視化された反人種差別運動を「マルクス主義」に根を持つものだとまず切り捨て、反人種差別の運動を「文化大革命」になぞらえ、文革では階級というものを本質化して人々を分断した、反人種差別では人種を本質化して人々を分断しようとしている、という。
人種を本質化する、というのは、本人の意識や自己認識とは無関係に生得的に人種が決定され、人種には特定の性質や責任が生得的に含まれているとすることを言う。反「批判的人種理論」を掲げる人々は、批判的人種理論とは白人は問答無用に白人であり、過去の人種差別の責任を負うと批判する、と主張し、それゆえそんな暴力的なことはやめろ、アメリカを分断するだけだ、と言うわけだ。
フロイド事件からBLM運動が大きなうねりとなった。結果として南部では奴隷承認の銅像が引き倒され、南部連合の旗がひきずり降ろされ、南部のかつての栄光は地に堕ちた感が強まった。これは歴史の見直し/書き換えであり、日本で言うところの「自虐史観」の大きなうねりがアメリカ合衆国を覆ったわけだ。これに対して(再び日本で言うならば「自由主義史観」と銘打った与太話にあたるトランプが言うところの)「偉大なるアメリカ」を掲げる勢力が、巻き返しを図る手段として「批判的人種理論」という架空の敵を作り、攻撃を開始した。
批判的人種理論という名称は、ちょうど自虐史観という名称がそうであるように、敵対者が攻撃目的でつけた名称であって、そのような名称の下にまとめられるような組織的な、あるいは体系的な理論たちが存在するわけではない。
公民権運動後の70年代にデリック・ベル氏ら研究者が始めたアメリカにおける黒人研究の流れがそれにあたるのかもしれない。もっと直接的には1619プロジェクト(2019年8月のニューヨークタイムズ紙の特集からスタートし、翌年にはピュリッツァー賞理事会もこれを支持して展開されてきた一連のジャーナリズム運動)がそれにあたるのかもしれない。1619プロジェクトは、例えば、アメリカ合衆国独立戦争は独立のためというよりも奴隷制維持のために戦われたという主張をし、トランプをして絶句せしめた。
この図は、アメリカ合衆国内で批判的人種理論を学校で教えること、その教育のために教師たちを訓練することをここ1,2年の間に禁止あるいは制限する法を制定した州を表している。色つきの州は何等かの法律が作られた州だが、黒斜線になっている州では法が否決されたか、棚上げになっているので、この表はかなり見にくい。白い州では、法の検討も起きていないということはわかる。
何が攻撃にさらされているのかをもう少し考えるために一つの例としてアイオワ州の同法を見てみると、次のように書かれている。長くなるが、原文と日本語訳(筆者による)を並べて引用しておく。
House File 802
(As Amended and Passed by the House March 16, 2021) THE GENERAL ASSEMBLY OF THE STATE OF IOWA
アイオワ州議会は、以下の分断的概念を学校教育および教師トレーニングにおいて使用することを禁ずる。
“Divisive concepts” includes all of the following:
分断的な概念とは以下のすべてを指す
(1) That one race or sex is inherently superior to another race or sex.
一つの人種、一つの性が生得的に他の人種や性よりも優れているという概念
(2) That the United States of America and the state of Iowa are fundamentally or systemically racist or sexist.
アメリカ合衆国、そしてアイオワ州が根本的あるいはシステミックに人種差別主義あるいは性差別主義だという概念
(3) That an individual, by virtue of the individual’s race or sex, is inherently racist, sexist, or oppressive, whether consciously or unconsciously.
個人が、その人種あるいは性によって、意識的あるいは無意識的に、生得的な人種差別主義者、性差別主義者、あるいは抑圧者であるという概念
(4) That an individual should be discriminated against or receive adverse treatment solely or partly because of the individual’s race or sex.
個人がその人種あるいは性を理由のすべてあるいは一部として差別されたり、不利な扱いを受けるて当然だという概念
(5) That members of one race or sex cannot and should not attempt to treat others without respect to race or sex.
ある人種や性に属する人々が他の人々を人種や性を無視して扱うことはできないし、するべきでないという概念
(6) That an individual’s moral character is necessarily determined by the individual’s race or sex.
個人の道徳的な性質はその人の人種あるいは性によって必ず決定されるという概念
(7) That an individual, by virtue of the individual’s race or sex, bears responsibility for actions committed in the past by other members of the same race or sex.
個人が、その人種あるいは性によって、同じ人種あるいは性に属するほかの人たちが過去に行った行為に責任があるという概念
(8) That any individual should feel discomfort, guilt, anguish, or any other form of psychological distress on account of that individual’s race or sex.
自分の人種あるいは性のために、不快な想い、罪悪感、苦痛、そのほかの心理的な痛みを感じるべきだという概念
(9) That meritocracy or traits such as a hard work ethic are racist or sexist, or were created by a particular race to oppress another race.
実力主義あるいは勤勉さなどの性質は、人種差別的であり性差別的である、あるいはこうした考えは特定の人種によって他の人種を抑圧するために作られものだという概念
(10) Any other form of race or sex scapegoating or any other form of race or sex stereotyping.
人種や性をスケープゴートとするすべてのこと、あるいは人種あるいは性のステレオタイプ。
Harrison氏の辞任事件は、大統領選挙に不正があったという陰謀論と、いわゆる批判的人種理論(Critical Race Theory)を白人に対する陰謀であると主張する一連の動きとが連動して起きた象徴的な事件のように思う。
願わくば、台湾の若者たちが「批判的人種理論?それって共産主義でしょ?」などと言い出さないでくれるといいが・・・。(了)
古川ちかし



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