安倍暗殺と民主主義:2022年夏、東京
安倍暗殺が選挙運動中に起きた。そこで、暗殺は「民主主義の根幹たる選挙」への攻撃だ、「民主主義への挑戦だ」と、メディアと政治家が口をそろえて言い立てた。暗殺者の動機などがはっきりしてくるにつれてこうした言い方はやや後退したが、国葬云々の話になって再び「民主主義を守り抜く」ために国葬をやるんだ、と首相が言い出した。あくまで、安倍暗殺=民主主義への攻撃、という構図を崩さない政権中枢。この構図は単純だ。安倍=民主主義の権化、よって安倍への攻撃=民主主義への攻撃、という構図。えー、ちょっと待ってください、安倍が民主主義の権化っておかしいですよ… という反論には、「じゃあ、なぜ有権者は8年間も安倍に政権を“託した”んですか?政権は、選挙によって支持されてきたんですよ」と答えればいい。さっきの単純な構図から出られない。
民主主義の根幹とは選挙なのか? 選挙が民主主義なのか? 選挙さえしていれば民主主義なのか?安倍政権を8年も続けさせたのは、その「選挙」であり、選挙は「金と既得権益」が動かしてきた。創価学会や統一教会、PL教団、神社庁、生長の家から日本会議、自民党等々は「金と既得権益」の一部にすぎない。「金と既得権益」を握る者たちが情報を操作し、組織票を動かす。電通やNHK、フジ産経、読売…大手メディアは(第四の権力といった夢物語ではなくて現実には)既得権益保持者による情報操作のために存在してきた。(もちろんメディアが第四の権力として自分の足で立つことを理想として掲げていく必要はあるし、それこそが民主主義の根幹なのかもしれないということは忘れないようにしよう。)利益をちらつかせて票を誘導する。選挙とは、既得権益を持たないものたちにとっても、既得権益にいくらかでも食い込むチャンスだ。
もちろん、自分で必要な情報を集め、組織ではなく、投票行為を行う人がいてもいい。選挙を通して、公平で、平等で、持続可能な社会を作ろうと考える人たちがいていい、いや、いないと困る。でも、そうした票は選挙結果を変える力を(通常は)持たない。(もちろん、そうした票が選挙の大勢を動かすことを理想として掲げていく必要はあるし、それもまた、民主主義の根幹なのかもしれないということも忘れないでいよう、ということにして。)選挙とは、既得権益を守り、そこに新たに参入する権利を獲得するための制度なのだから。
メディアが(その表向きに表明している)機能を果たさず、選挙制度が(その表向きに表明している)機能を果たさず、利益誘導型の政治を、既得権益保持者とその予備軍が享受する現在の社会で、「選挙は民主主義の根幹だ」というのは悪質なデマゴギーだ。安倍政権が悪かったって?選んだのはみなさんでしょう。民主主義なんだから、選挙なんだから。自己責任なんだから。(阿川記)

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