霧社事件94周年―危ない国家の中の原住民
牧師、今年の記念日は日曜日でした。礼拝があるのに人は集まるのかと思って行ってみたら、出し物をやる中原の小学校の子供たちと、清流の人たち、あとは数人の旅行者と郷公所の人たちだけでした。清流は理事長が代わって紹介されたけれどお名前を忘れました。
日曜日ということで東海大學で私が受け持っている授業の学生にも声をかけました。応じた6人と参列してきました。小学生の踊りを見て「これが原住民の伝統的な踊りね」みたいなことを言っているので、違う違うと言っておきました。年長者たちの歌と踊りは昔からのものでしたが、子供たちの出し物はおそらく先生たちが振り付けたのだろう、例の、映画以来の流行りの動作などを繋ぎ合わせたものでした。旅行者の目には原住民の伝統のように映るんですね。
式典の途中で出て、公学校跡、日本人慰霊塔跡をまわりました。ワリス・ブニの記念碑には行きませんでした。牧師と一緒に雑草を抜いてきれいにした、あの共同墓地のことです。あそこまで歩くのはちょっとしんどくなりました。お昼のあと、清流に回りましたが、余生祈念館はまだ5月1日に倒れてきた木で屋根をやられた状態のままで、修復されておらず閉まっていました。文献会でしたか、政府に予算がないのでしょうか。祈念館が開かないと観光客なども来にくいですよね。
今年も学生たちには事前に、そして当日も、以蕃制蕃という日本だけでなく中華民国も使ってきた対原住民政策について話しました。映画セエデク・バレもその延長にしかないことも話しました。ダキス・パワンさんの「映画を通じてセエデクの存在を知らしめる」ことに将来的な意味を見出す立場については、少ししか触れませんでした。現状肯定がどういう未来につながっているのか、今の私には、ほとんど何も見えないからです。ダキスさんが生きていれば相談したいところです。
アメリカ合衆国ではトランプ大統領が返り咲くようです。そうなるとイスラエルと蜜月状態の現臺灣政権は、さらに強気になって、中国を挑発するかもしれません。牧師なら、国家がこういう危ない方向に行こうとするとき、どうするでしょう。(アウイ・カズオ)

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