OFWのクリスマス・プレゼント

324日、Eaphet大像にフィリピン女性を招いて「経験を聞く会」をやりました。台湾の若者や日本人留学生など10名ほどが集まって、話を聞きました。主に話してくれたのは中興大学に留学中のCさん。若い彼女の話を年上の経験で補ってくれたのは、台中で13年間“自営”掃除婦を務めるフィリピン女性、Aさんだ。先週、フィリピンから久しぶりに台中に戻ってきていたT神父に会いに南台中天主堂に出かけた際、これも久しぶりに古い友人のAさんに出会い、急遽、この会を持つことになった。Cさんの留学がもう終わりかけていて、Cさんにぜひ台灣の若い人たちに話をさせてあげたい…そういうAさんの提案だった。
 「子供のとき、周りにOFW(海外フィリピン労働者)の家庭があって、その子供たちは新しいバービー人形や、自動車のおもちゃや、たまごっちを持ってた。それ見て、憧れたこともあった。でも、自分で海外に来て見て、そこでOFWがどんなふうに生きているか見たら、そんな憧れが幻想だと分かるようになった。フィリピンにいる家族は、海外からクリスマス・プレゼントの大きな箱が届くと“ああ、海外で稼ぐとこんなものが買えるんだな”なんて思うけど、送る方は、その一箱のプレゼントを一年かけて少しずつ身を削るようにして集めて、クリスマスにやっと間に合うように送ってる。(Cさん談)」なぜ、そうまでしてプレゼントを贈るのか。「海外に働きに出る理由は、自分の利益のためじゃない。そういう人もいるかもしれないけれど、多くの人は家族のため、親類のため。自分が家族や親類を支えている。家族や親類も、海外に出ている人を頼る。頼られて、ある程度それに応えられることは、OFWが働き続ける原動力になってる。もしクリスマスプレゼントも贈れないようなら、OFWのプライドも、生きていく原動力も、ぐらぐら、ずたずた。」
 「私は離婚して、一人娘を大学に送るために海外に出た。娘が卒業して独り立ちした後は、病気の母と妹のために働き続けている。別れた夫が再婚相手ともうけた子ども二人にも金を送って支援してる。(Aさん談)」「こっち(台灣)に来て、こっちの人の子供たちの面倒をみている間、自分の子供たちは母親を知らずに育つことになる。子どもたちには食べ物(金)だけじゃなくて親の存在が必要だけど、それを与えられない。子供たちも、大きくなって自分の子供が出来たら、また子供たちを食べさせるために海外に出る。」それは悪循環なのではないか?と言われたら、その通りだ。自分の親が出稼ぎのためにさびしい思いをした。でも自分が親になったら、同じことをするしかない。もし、自分の子供のことだけを(身勝手に)考えるなら、海外に出ないこともできるかもしれない。でも、家族というのは、年老いた両親もいるし、親類はたくさんいる。自分達が成長する過程でもいろいろ親類には世話になる。自分が稼げるようになったとき、そうした「借り」を返すのは義務だし、困っている親類を放っておいて自分の子供たちだけを優先することもできないのだ。“よく聞く説明だよね”と言うのは簡単だけど、そうした人間関係から自分を切り離して生きていくことは相当にむずかしい。生きていく根拠さえ失ってしまうかもしれないのだから。
話を聞いた台灣や日本の若い人たちは「自分たちにとっての親や親戚の意味を考えさせられた」という人もいたが、問題は「親や親類」ということではなくて、自分の生(せい)を何を根拠に肯定できるかなんではないかと思った。その根拠が悪循環を生み出すものだと思っても、根拠を否定したり代わりの根拠を探すことは相当にむずかしい。とは言え、何もしないで“相当にむずかしい”なんて言ってても、ますます悪循環にはまり込むだけですね。(古川ちかし)

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