投資保護協定とぶったくり開発:318運動から思う

 2年前の2012年8月、中台は「投資保護協定」を結んで、それまでの2年間あまり進展がなかったECFAの重点四分野(物品、サービス、投資、経済協力)の具体化が加速した。これに先立つ5月に韓国が中国との間で投資協定にすでに調印しFTA構築に向けて動き出していたことが馬英九政権を焦らせた。「早くしないと中国市場を韓国に取られてしまうぞ」と。中国から台湾への投資は2009年には解禁されているが、「投資保護協定」がない状態ではリスクが大きいとして投資には一定の歯止めがかかってきた。その歯止めがなくなった。

 台中の町の中に、921地震(1999年)のときには広大な更地だった場所がある。台中市が都市開発条例によって差し押さえた土地のようだ。そこに最近(2009年の投資解禁後徐々に、そして2012年から急速に)条例がどう曲げられたのか、何かの手品が使われたのか、すごい勢いで超高級マンション群が建てられた(現在も建てられ続けている)。建て続けている以上は売れているのだろうが、夜になっても窓に火が燈っている様子はない。建築会社は「台湾籍」のようだが、資本がどこから出ているのか、また、誰が購入(投資)しているのかについていろいろな噂だけがある。これがそもそも台中市が作成した都市計画だったのだとしたら、その重点は「金持ちに投資してもらって税収を増やしたい、台中市に金を落としてもらいたい」といったところにあったとしか解釈できない。高級マンション群の林立で周辺の地価も上昇。台北は土地がなく地価も上がりすぎで投資のうまみが見えない。そこで注目されたのが台中だったという人もいる。投資のために買うのだから住む人はほとんどいない。多くの人の憶測では大陸の人が投資している。そういう都市を台中市民が望んでいるとはとても思えないのだが、あれよあれよという間にデーンと高級ゴースト・タウンが出来上がった。同じように「開発」されようとしている広大な土地が、私の知る限りで他にもp3か所ほど台中市にある。立ち退きを拒んだ家にはありとあらゆる圧力が加えられ、とても個人の力では抗しきれないと聞く。


 政府が考える「開発」と「経済発展」がどのようなものなのか、われわれ市井の人間には見通せないが、すぐ身の回りで起きている変化は見える。市民の抵抗は2010年のECFA締結以来続いてきてはいるものの、大きなうねりになることはなかった。当時私の学生たちにECFAについてどう思うかと聞いても「それ何ですか」という人も少なくなかった。知っている学生たちは歓迎する意見だった。WTO、ECFA、どちらも「国際社会から取り残されないため」に必要なんだ、というのだ。馬政権も、この「不安」を巧みに利用してきた。それが今回のひまわり学運によって少し空気が変わった。しかしまだ「国際社会から…」という根強い不安がある。これがある限り、開発独裁政権に負けてしまう。ずるずると時代遅れのぶったくり開発によって生活を破壊され続けることになる。


 目を開いてよーく見てほしい。戒厳解除後の台湾はこんなにも豊かな国になったではないか。自由にものが言えて、社会補償も、医療も充実した国になったではないか。いろいろ問題は抱えているにしても、世界に誇れる国になったではないか。その進路を邪魔する要素は「開発が足りない」ことなんかではなく、冷戦の残滓、いや世界大戦の残滓である開発独裁政権なのではないか。


 台湾社会の在り方に自信を持って「ぶったくり開発は必要ない」とはっきり言おう。(村山さたね)

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