日本国安全保障法制:捻じ曲げられる言葉の行く先
68年前、日本国憲法ができた。ロシア皇帝が失脚したときには世界一の金持ちと言われた天皇はその大方の財産を奪われ、神ではないと宣言され、「主権」は民にあるとも宣言された。この“主権在民”、“民主主義”に加えて、新憲法の三本柱の最後は“国際平和主義”と呼ばれた。憲法制定当時の政権には明治憲法を化粧直しする以上の発想はなく、議会は結局、GHQ草案を手直ししたものを承認し、その新憲法が施行された。
新憲法の施行から一年も経たないうちに、アメリカ合衆国のアジア戦略が変化した。GHQの中心勢力は民政局から参謀部に移り、治安の強化(社会を変えようとする人々への弾圧)と再軍備(親米の軍隊創出)に力が注がれていった。朝鮮戦争に入ると、日本の軍需産業とこれを支える資本、利権を求めて群がる(戦中から続く)特権階級がアメリカ合衆国の防共政策を利用して日本国憲法を土台から腐らせ始めた。
A級戦犯として告発された人々の中でGHQの参謀部が利用できそうな人材は起訴を免れていった。有罪は間違いないと考えられていた戦犯たち、岸信介、児玉誉士夫、笹川良平、正力松太郎ほか多くが不起訴釈放となり、その後の日本国を食い物にしていった。日本軍の非人道的行為のチャンピオンとも言える731部隊の関係者さえ、生化学兵器の情報(人体実験情報)提供と引き換えに起訴を免れたばかりか、その後、日本医学界の要職への道も用意された。
労働運動は共産主義の温床とみなされ、警察の容赦ない弾圧にさらされた。レッド・パージが始まった。朝鮮戦争とこれに加担する日本国を批判する人たちは共産党とされ、ものが言えない状況に追い込まれていった。占領当初は朝鮮半島に帰還しようとする朝鮮の人々を保護する動きを見せていた連合軍が、一転して朝鮮人を潜在的な北朝鮮スパイとみなしていった。
「平和日本はあなたを求めている」-1950年8月に結成された警察予備隊の隊員募集ポスターに書かれた文句だ。警察予備隊は、朝鮮戦争で大忙しだったマッカーサーが日本政府にその設立を要請(命令)したもの。その「平和日本」は2ヵ月後の10月にはアメリカ合衆国軍を援助するために朝鮮水域に特別掃海艇(海上保安庁を中心に湾岸労働者もかき集められ、56人が死亡)を派遣した。そこから後は坂道を転げ落ちるように「平和」の名の下に軍隊が増強されていった。
《転げ落ちるように》拡大していったのは軍隊だけではなかった。占領開始当初は特別高等警察(特高)のような警察権力の一極集中を避けるために警察力を地方に分散する政策がとられた(1947年旧警察法)が、すったもんだの末に、公安をトップとした一極集中型の国家警察組織が復活した(1954年警察法)。1954年と言えば、自衛隊が発足した年でもあった。
他者への暴力
日本国のメディアは戦争中の日本社会を「力で押さえつけられた社会」として描くことが好きだ。人々はいやいや、無理やりに戦争に駆り出されていった、と。しかし、事実はこれとは違った。人々は銃剣を突きつけられたから嫌々ながら侵略戦争に協力したのではない。ひとつの方向に心を誘導され、反対したり疑問を投げかけたりする人を互いに陰に陽に攻撃し、黙らせ、後は群集について行けば安心だということになって、引き返せないところまでいった。
一方で自由や平和や民主などを標榜しながら、他方でそれらが本来指し示していたものの姿をぼやけさせ、捻じ曲げ、腐らせ、特定の人々の利益にために特定の他者に対して加えられる暴力を許容し、美化し、推進していく社会がつくられる。言葉が根扱ぎ(ねこぎ)にされるとき、通常なら人々が眉をしかめ、中には積極的に反対意見を表明し、阻止する行動に出る人がいておかしくないであろう暴力に対して、人々が全体として許容し推進してしまう状態―それを何と呼べばいいか知らないけれど―が出現する。
「労働によって自由になるArbeit macht frei」とアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所の入り口に書かれていた。貴族の女性が労働を通して(まっとうに)自立していくというディーフェンバッハの短編小説のタイトルだが、病的なユーモアなのか、多数のユダヤ人、ロマ人、同性愛者などを殺戮したナチの強制収容所の入り口にこの標語が掲げられた。労働せずに遊んで(金貸し業で?)いたユダヤ人たちを労働を通して真人間にするのだ、ということか。現実を言葉で捻じ曲げるレイシズムの病的な論理だが、それがまかり通った。
積極的平和主義
あなたは平和のために血を流せるか。それができないならあなたの平和主義は偽善にすぎない。平和のために血を流したものだけが平和を語ることができるのだ。―そういう主旨のことがソウルの「戦争記念館」のどこか出口近くに以前は書いてあったのを覚えている。今はなくなっているかもしれない。南北合わせて500万人の死者を出した朝鮮戦争を記念する場所だ。記念館を一通り見て、最後に「だから戦争は止めましょうね」とはならないのだ。われわれを脅かす者があれば、これからも銃をとって立ち上がるぞ、というのだ。
身近な誰かの生存と幸福と健康を守るため、あるいは自分自身のそれらを守るために攻撃者に対して緊急の場合「暴力で阻止」することは―絶対的平和主義の信念をもった方々には受け入れがたいだろうが―避けにくい。それはとりたてて勇敢な行為でもなければ熟慮を要する行為でもなく、ほぼ反射的な行為なのだと思う。戦争とは、「攻撃者」と認定された者たちへの「暴力による阻止」から「暴力による応酬」へと、組織的に制度として一定の規模で持続的に暴力を行使し、その常軌を逸した行為に大義名分を与えることを言う。戦争の中では、日常生活においては緊急の事態(近しいものや自分自身が攻撃者から身を守らねばならないという事態)をあえて意図的に継続的に作り出していく。相手を暴力的にねじ伏せる目的で相手の生活領域に踏み込んでいく兵士たちは、相手にとっての緊急事態を作り出す。相手が身を守る行為に出れば、それは踏み込んでいった兵士たちにとって緊急事態となる。それら緊急事態は、しかし、組織的・制度的・継続的に「作り出された」ものであって、日常的、偶然的に起きるのではない。
日本国は安保法制によって、緊急の暴力の発動と、常備軍による戦略的な軍事行動(広義の戦争)との間に「切れ目のない」曖昧化を行った。緊急の暴力の発動を避け、暴力の連鎖が組織的に継続されないためにあらゆる手段を積極的に講じることが積極的平和主義の(通常の、まっとうな)意味であるはずだが、言葉の意味は捩じられた。
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という憲法の規定は、このような意味での積極的平和主義を必要とするものであり、安保法制を支える「積極的平和主義」とは真逆の意味になる。言葉の捻じ曲げによって軍事予算が拡大され続け、三菱重工などを中心に武器産業の海外競争力が強化される。一度軍需の甘い汁を吸ったら、産業はなかなか後戻りができにくくなる。かつてアイゼンハワーが警告したのもこのことだった(1967年1月、離任TV演説)。彼は言った。
『最後の世界戦争までアメリカには軍事産業が全くありませんでした。アメリカの鋤の製造者は、時間をかければ、また求められれば剣も作ることができました。しかし今、もはや私たちは、国家防衛の緊急事態において即席の対応という危険を冒すことはできません。私たちは巨大な規模の恒常的な軍事産業を創設せざるを得ませんでした。これに加えて、350万人の男女が防衛部門に直接雇用されています。私たちは、アメリカのすべての会社の純収入よりも多いお金を毎年軍事に費やします。…我々は、政府の委員会等において、それが意図されたものであろうとなかろうと、軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければなりません。誤って与えられた権力の出現がもたらすかも知れない悲劇の可能性は存在し、また存在し続けるでしょう。この軍産複合体の影響力が、我々の自由や民主主義的プロセスを決して危険にさらすことのないようにせねばなりません。…』
自由・平等・博愛
11月13日、パリ市内の5か所でほぼ同時に銃と爆弾による市民攻撃があり、129人が命を落とし、多くの人が傷を負った。ISISが犯行声明を出し、オバマ米大統領、オランド仏大統領などが「テロは許さない」と《例の悲痛な顔》でTVで語った。フェイスブックなどの会社は、ここぞとばかりにユーザーのプロフィール写真をトリコロール(フランス国旗)化するサービスを始め、たくさんのユーザーがフランス国旗を掲げる結果になった。世界の主要メディアは、各国で著名な建物にトリコロール三色の照明をあてたりフランス国旗を掲げる場面を報道し、それこそが「テロに対する抗議」であり「犠牲者を哀悼すること」なのだと宣伝した。
幸いにして、これに対して違和感を表明する人々も少なくなかった。しかし、企業と国家が仕掛けた「フランス国旗掲揚」に何の疑いももたない人々がいたことも事実だ。私たちはただパリの犠牲者に対して哀悼の気持ちを現しただけだ、何がいけないのか、と彼らは反発するだろう。彼らは、人々と国旗との間にある(徐々に顕在化し、今では決定的にさえなった)亀裂を身近に感じることなく育ち、国旗が人々を代表してしまうことが持つ暴力を身近に感じることなく教育され、国家暴力が発動されるような場面から常に遠くにいることができた人々なのかもしれない。
「テロとの戦い」という言葉で、特権層(と軍事産業)の利益のために他国の内乱に武力介入していく。自国にその報復がもたらされると「我々は何の罪もないのに卑劣な攻撃を受けた」という言葉で、人々の間に捻じれた国家主義とレイシズムを煽る。言っていることとやっていることの間の巨大な落差が暴力であることに、人々は気づかない、そっぽを向く、無視する…。大義名分を戴いて、フランスの軍産複合体は今日もフランス国旗を掲げてシリアを爆撃し続けている。
国家安全保障
かつて砂川事件の最高裁(田中)判決は、安全保障に関することがら(日米安全保障条約に関連することがら)は高度に政治的なことがらであり、司法がそれを合憲か違憲かを判断することはできず、内閣と議会がこれを決める権限を有す、と述べた―これは正確な引用ではないが、この結果として憲法以外の法体系を許容した。国家安全保障にかかわることは司法(裁判所)判断の埒外だ、と宣言したのだ。
国家の安全保障と言いさえすれば、そして人民に恐怖を植え付けさえすれば、行政府はほぼフリーハンドを手に入れることができる。不都合な情報公開も必要ない。
国家のCO2排出量の削減目標計算の中に、軍事行動は含まれていない。軍事行動=秘匿情報として査察の対象外に置かれる。報告義務はあるのかもしれないが、報告の真偽を確認するすべはない。イラク戦争ではアメリカ合衆国一国で、イギリスが一年間に排出するCO2の総量以上のCO2を排出しているという試算(過小評価ではないかとも思うが)もある(http://www.jca.apc.org/stopUSwar/notice/report-climateofwar.htm)。加えて各国の常備軍が単独、あるいは寄り集まって不必要に繰り返される軍事演習が一体どれほどの温室効果ガスを排出し、環境破壊を行うのかも、人々には知らされていない。
おわりに
憲法について定義を探してみると『憲法とは国家の統治体制の基礎を定める法。国家の根本法。』というようなものが一般的なようだ。日本国憲法というのは主権在民主義、国際平和主義、民主主義という三本柱でできているというから、その三つの「主義」が根本法(の精神)となって、下位の法律(立法)と政策(行政)が運営されていることになる。この全体を一つの《法体系》と考えてよければ、憲法を戴く単位である国というのは全体として整合的な一つの法体系をなしていることになる。
ある行為をAという人がすれば犯罪になるがBという人がした場合には犯罪にならない、といった差別があって、その差別が合法的に認められるとしたら、AさんとBさんは一つの法体系の下に住んでいるとは言わない。
根本法に「誰もXを持ってはいけない、してはいけない」と書いてあるのに、「Xの所持、行使」がある人たちには認められているとしたら…。同じ労働をしているのに待遇に(個人差という範囲を大きく越えた構造的な)差別があり、それが合法的に認められているとしたら…。とりあえず、一つの法体系の下に生活するということは、法が(少なくとも)人間を平等に扱い、平等に扱わない場合にはその理由が公的に納得できるものである必要がある、というところまでは言えるだろう。
しかし、まあ、人間のすることだから「これって矛盾かなあ…微妙だけど、まあいいか」ということもあるのだろう。根本法(憲法)はけっこう大きな言葉で書いてあるから、それを一つ一つの小さな具体的な事例に当てはめようとしたら「解釈の幅」が出てくるだろうことも、もちろん想像できる。それを厳密にしようとしたら、それはそれで実行上のさまざまな問題を生み出すのだろう。しかしその「解釈の幅」というか「誤差」というか「差別」は、《みんなが納得できる範囲》になくてはならない、ということだ。
この《みんなが納得できる範囲》には絶対的な基準が存在せず、じわじわと誘導されるままに曖昧化されてきた。民主主義から全体主義まで“切れ目のない”地続きになってしまった。
改めて新自由主義とは何なのか、資本主義とは何なのか考える。経済的な自由が、市民的自由の基盤となるとミルトン・フリードマンは主張した(「資本主義と自由」Milton Friedman)。それ以外の方法では必ず政治的な権力に従属させられ自由を奪われる人々が出てくるのだ、と。その経済的自由を追求してきた結果、他者への暴力に対して鈍感な社会が出来上がった。政治権力は「経済優先」と念仏のように唱え、自分を取り巻く経済状況さえ「良ければ」他者のことなど関心の外にあるという社会を作り出した。
民主主義は衣食住が足りた人々のぜいたく品だ…そういう意見も出てくる。南コリアで朴正熙の評価が上がって、その娘が大統領になった。どんなに悪辣な独裁者であろうと、経済を良くしてくれた大統領なのだ。フィリピンでマルコスの評価が上がったのも、台湾で蒋経國の人気が衰えないのも、李光耀が讃えられるのも同じ理由なのかもしれない。
衣食住に困り、災害時に最も被害をこうむり、経済危機で死んでいくような人々が望むことは、自分たちが金持ちになって「被害を受けずに安楽に暮らす階層」に加わることではないのではないか。世界がこのように不正義であることを修正することなのではないか。
沖縄は日本国政府と裁判で争っている。その目的はすでに「沖縄も本土並みになって、米軍基地はグアムやサイパンに押し付ける」ということではない。沖縄に対して日本国が行ってきた不正義を是正することが目的なのだと思う。日本国はこうした要求を、新たな沖縄振興策と金の力によって押さえつけることはもはやできない。そして沖縄のたたかいは沖縄だけで終わらない。(村山さたね)


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