恣意的な人権侵犯と「National Interests」:小微、恩綺、亞亞の国外退去

チョン・ユンソ(202535日逮捕)、マフムード・カリル(38日逮捕)、リュメイサ・オズトゥルク(325日逮捕)以下、トランプ政権による“非市民”の市民活動家の逮捕、グリーンカードの取り消し、国外追放が止まらない。被害者たちには何ら刑法上の告発はされておらず(つまり犯罪行為はなく)、逮捕、国外追放の根拠は「their beliefs and associations」がアメリカ合衆国のnational interestsに反するということらしい。国務長官ルビオは言う。『たとえ本来は合法な思想であっても、それを有すると見なされた“非市民”が米国の外交政策上の利益を損なうと国務長官が判断すれば、国外退去させることができる。』ビザは「当然の権利ではなく許可された特権」だから、国務長官の裁量によって授与もはく奪もできるのだ、と。

何か乱暴な気がするけれど、以前から日本の法務大臣が言うことと同じだ(日本では国務長官ではなく法務大臣の裁量)。法務大臣の裁量権を認めた1978年のドナルド・マクリーン事件の最高裁判決は『国益の保持』をその根拠として掲げている。飾らずに言えば、国民と非国民で人権は異なり、非国民の社会生活は“国家”の裁量にゆだねられる、ということだ。そうした日本から見ればトランプの“永住権保持者の権利はく奪、国外追放”は何がいけないの?ということになるのかもしれない。

  民主国家を誇る台湾では、では、どうなのか。この(2025年)3月下旬から4月にかけて、趙嬋(小微)、恩綺、劉振亜(亞亞)ら、中国出身で台湾人配偶者を持つネット・インフルエンサーが次々に国外退去になっている。彼女らはネット上で、中国は一つに統一されるべきだ、中国はいつでも武力で台湾を併合できるのにそうしないのは何でだろう、と投稿。台湾政府は『戦争や恨みをあおる行為は、言論の自由ではなくテロ行為だ』として彼女たちのビザをキャンセル。弁明の機会も与えず、告訴も裁判もなしに、だ。その法的根拠となるのは、

『臺灣地區與大陸地區人民關係條例』

『国家安全法』

『入出國及移民法』

だそうだ。最初の條例には、長期滞在者は「国家利益」に「符合」しなければならないとある。二番目の国家安全法では、その名の通り「国家安全を脅かすスパイ行為、転覆行為、または扇動行為」を「犯罪」と規定。三番目の法は、国家の利益(interests)または公共の安全に脅威を及ぼすと判断される外国人に対して、入国を拒否したり国外退去を命じたりする権限を移民当局に与えている。

  アメリカ合衆国の言う「国務長官の判断」、日本政府の言う「法務大臣の裁量」、台湾の言う「移民当局の判断」・・・どれも至極曖昧で、恣意的に運用が可能で、(法治主義の下での)法律としては危なっかしい。

亞亞の台湾人配偶者は彼女が中国に行くときの空港での記者会見で『台湾人の私が同じことを言ったら、私も国外退去になるのか』と問うた。トランプは当局の間違いでエルサルバドルの監獄送り(国外強制退去)にされたグリーンカード保持者、ガルシア氏に関連して『アメリカ合衆国市民も今後エルサルバドルの監獄送りにしないといけない奴らはいる』と豪語した(415日)。もちろん現在の米国の法体系内でこれは違法だが、例外措置をとることを不可能にするほどエアタイトなものなのかどうか、私は分からない。

日本では法務省の恣意的な人権侵犯を許したために1997年以降しか分からないが、入管施設内での非自然死20人と言われている。日本の人権侵犯に関して、国連自由権規約委員会(CCPR)から1998年、2008年、2014年、2022年の四回にわたって、また国連拷問禁止委員会(CAT)からも2007年と2013年の二回、国連人種差別撤廃委員会(CERD)からは2001年、2010年、2014年、2018年の四回、国連人権理事会特別報告者・作業部会から2023年に改善勧告がなされている。日本政府は一貫して勧告を無視し続けている。勧告は、収監、釈放などに関して司法手続きが既定されていない(まさにそこが「裁量」=恣意性なのだが)ことを問題視してきたわけだが、日本政府は裁量権、つまり非国民の処遇に関して自分たちがフリーハンドを持つことに固執してきた。

マルコ・ルビオの判断も、頼清徳の判断も、非市民、非国民、もっと言えば敵性外国人の処遇は(民主的手続きを経ることなく)権力がフリーハンドで処理できるという前提に立っている。

私は亞亞たちが表現の自由を行使しただけだから問題ないと言いたいのではない。何が国家安全を脅かすスパイ行為、転覆行為、または扇動行為か、何が表現の自由の範囲内なのか、それを公的に議論し、社会としてとりあえずの結論を出すための手続きをすっ飛ばしていいことになれば、その先にあるのは白色テロ社会なのではないか。(村山さたね記)

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