王文其さんの話を聞く

 20101113日、嘉義で王文其医師に会ってきました。(これについては後ほど、黄雅芬さんが詳しい話を書いてくれると思いますが)王さんは長崎医科大学在学中に被爆、その後、台湾に戻って医師を続けてきましたが、去年、日本からの問い合わせに対して嘉義の戸籍事務所が被爆者を調査した際に王さんのことが分かり、被爆手帳を申請、給付されました。が、被爆当時の被害を証明する診断書がないことを理由に、手当て(月額9千元)の支給を拒否されました。Eaphetの「作られる”対立”―台湾・韓国・沖縄の今を考える」ネットシンポジウム準備勉強会で王さんのことを雅芬が紹介してくれて、今回の訪問となりました。
 
 王さんと、王さんの息子さん二人が2時間に渡って事情や思いを語ってくれた。「もう、これ以上、給付申請や抗議をする気はないですね。」―王さんも息子さんたちも少しうんざりした顔でそう語る。「それでも、これはやっぱり間違ってるんだ!」台湾には被爆者を援護する組織がない。被爆者の団体というものも存在しない。元慰安婦問題に取り組んでいる団体から援助の申し入れがあったけれど、王さんは「慰安婦と私たちは問題が違うから」と言って断ったそうだ。
 王医師は足が悪いが、それは被爆との直接の関係はないと考えている。被爆の後遺症に悩まされているわけでもないという。昔は被爆で脇腹に変色(火傷の跡)が見られたそうだが、それも今は見えない。(阿川)

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