南韓と済州島に行ってきました
四月の初め、正味三日間、急ぎ足でソウル(挺対協の戦争と女性の人権博物館)、平澤(大秋里コミュニティ)、広州(ナヌムの家)、済州島(カンジョン村)を歩いた。
戦争と女性の人権博物館
去年の五月にオープンした挺対協の博物館を初めて訪れた。地下鉄「望遠」駅からとぼとぼ十五分も歩いただろうか、住宅地の中にやっと発見。外壁に訪問者が残したと思われるメッセージ(黄色い目立つ紙)が貼られている。凝った作りの建物。ぐるっと回って小さな入り口を発見。ぶらりとは入りにくい。受付で梁路子さんを呼んでもらう。連絡しておいたので幸い在館で、見学前の説明などしてくれる。順路は入り口を出て脇のドアから外壁を伝って地下に降りて-と続く。英語と日本語の音声ガイドがあり、それを聞きながら回る。広くはないが中身がつまっている。
見終わった後、われわれの中で「これ日本政府謝罪せよというのはよくわかるけど、戦後ずっと彼女たちがどう生きてきて、南韓社会が彼女たちをどう見てきたかというあたりは希薄」という意見も出た。「慰安婦被害については資料が多いが一九四五年以降の彼女たちの生活、また一九九〇年以降の彼女たちの戦いの歴史が希薄」という感想もあった。(水曜集会だけが大きく取り上げられている。)被害者、犠牲者という見方と、サバイバーとしてのハルモニたちという見方があるとしたら、前者のほうが強く、後者が見えにくい。「ナヌムの家の歴史館(二階)のほうが一人一人の人を感じられた」という意見もあったが、ナヌムの展示との住み分けのようなものはないのだろうか。
内部は撮影禁止なので写真がない。写真を撮ってブログなどに紹介する人たちがいて、そうすると展示を見に来なくてもよくなってしまうので、と説明された。
ナヌムの家
Eaphetツアー二年ぶりに訪問。キム・ジョンスクさん(事務長)、アン・シングォンさん(所長)、工藤千秋さん(村山一兵さんの後任)たちがニコニコと迎えてくれた。現在、十人のハルモニたちが「登録」しているのだそうだ。ネットには八名の紹介があるが、二名のハルモニは事情があって名前などを明かしていない。ハルモニたちの平均年齢は八十八歳を超えた。行った日はちょうど金曜日で、ハルモニたちは市場などに外出する日。ぺ・ハルモニなど一番に市場に行きそうなのだが、足が思うように動かないようで、居残ってTVを見ていた。久しぶりの再会にしばし感激。イ・オクソンさんは転んであばらを折ったリハビリ中で、やはり居残っていた。もうあまり話ができない様子。一言、二言、言葉を交わした後はTVに見入っていた。姜ハルモニは息子さんの家に行って留守。生活館の壁に貼られた写真の中に、マイケル・ホンダ下院議員の写真が何枚かあった。ほぼ毎年のように来ているのだそうだ。
余談だがアメリカ合衆国で各地の南韓人コミュニティを中心に慰安婦の碑の建立が進んでいる(現在四、五碑、さらに二十碑の計画があるという)のとも関係するのかもしれない。前の国務長官(クリントン)も入れ込んでいた。日系人なのか日本人なのか、現地の住民の中にこれに反対する署名集めをしている団体もあると聞く。日本では(Eaphetが見た出来事、参照)右翼の(自称)ロックバンドがハルモニたちを侮蔑する憎悪CDを作ってわざわざナヌムの家に送りつける、という事件も起こっている。在特会を中心に、朝鮮人に対する人種差別行為もエスカレートしている。ナヌムの家のサイトには、右翼からの侮蔑メールが絶えないそうだ。慰安婦をめぐる敵味方それぞれの「連帯」が今までとはちょっと違った段階に入ったのかもしれない。
平澤、大秋里
平澤の平和センターを初めて訪れたのは去年の二月だった。所長のカン・サンウォンさんとメールで怪しげな(お互いにグーグル翻訳を使いながら)連絡を取り合っての再会となった。通訳してくれたのはソウルのTea Therapyで働いているオ(呉)さん。訪問の二日前に、Tea Therapyから紹介してもらって、急遽来てもらった。
大秋里が米軍基地拡張計画で強制退去(行政執行)になったのは二〇〇七年のことだった。このときまで残って抵抗していたのは44戸ほど。彼らが移住したのが現在の(新)大秋里。こぎれいな郊外の新興住宅地という感じだ。すべての家に前庭があり、ソーラーパネルがつけられている。住民たちは(政府が原価で提供したというから一般の価格よりは安いのだろうが)土地と家屋を買って、あるいは借りて、ここに住んでいるが、生業の農業をする土地はない。高齢化も進んでいて、これからどうするか、先行きは不透明のようだ。住民代表のシン・チョンウォンさんに話を聞いた。
シンさんはコミュニティの端にみんなで作った歴史館に案内してくれた。大秋里の戦いの歴史を展示してある。ここを見て、コミュニティを見て、「平澤の戦いは終わった」という(去年どこかで聞いた)言葉がまた迫ってきた。戦いの記録は残る。老人たちも残される。若い人たちは別の戦いに向かったのか、どこに行ったのか。
済州島、カンジョン村
ソウルから四月五日夜の最終便で済州島に飛んだ。空港では先に着いた村山隊員がレンタカーを借りて待っていてくれた。十二人乗りが一日借りて六万ウォンほどというから安い。空港から小雨の中、一時間以上走ってカンジョンについたのは十一時半ごろ。ハンビ女性センターのカン・ミギョンさんと、カンジョンに新しくできたゲスト・ハウスの責任者、キム・ミリャンさんの二人が出迎えてくれた。ミリャンさんの一家は村で最大の漁船(もちろん、ほかの漁船よりちょっと大きいだけだけど)を持つ漁師の家だが、海軍基地工事で漁港が閉鎖された。海岸近くにあった土地も強制収用されたという。
翌日の六日は、4・3事件の週の土曜日ということもあって、4・3事件と海軍基地建設を繋げて考えようという集会があり、陸地(半島)からも活動家が集まった。集会は四時からだというので、四時までミギョンさん、ミリャンさんとともに4・3事件関係の場所などをめぐった。天気予報に反して昼すぎまで好天に恵まれた。途中で基地対策委員長のコさんや、葬式のかっこうで祈り歩いているおじいさんなどに会って、話も聞いた。
基地建設工事は二十二%終了しているという。しかし、ケソン(埠頭などの土台として海中に敷設するコンクリートの塊)の敷設が台風などでうまくいかず、ひとつ作るのに五十五億ウォンかかるケソンが七つまで敷設に失敗し、海中に放置されている状態だそうだ。自然の力が基地建設を阻止してくれるのかもしれない、という意見も聞かれる。漁港を警察が封鎖して、海上行動(泳いで、あるいはカヤックなどで海上から抗議すること)がやりにくくなっている。反対運動の面々に課せられた罰金はすでに億ウォン単位になっていて、それも海上行動をやりにくくしているのかもしれない。
集会ではまず4・3事件の犠牲者に献花。カンジョン村をオープン図書館にする計画について計画と進捗状況の報告があり、4・3事件の遺族代表を交えての座談会があり、歌と踊りがあり、二時間ちょっとで終わった。参加していた「外国人」はVeterans for Peaceのアメリカ人と私たち台湾からの訪問団。陸地からはさまざまな人が来ていたようだ。
越境する連帯
慰安婦問題は、一方で国家暴力を糾弾しようとする勢力とこれを正当化しようとする勢力の対立があり、もう一方に女性への暴力を糾弾する勢力とこれを正当化しようとする勢力との対立があるように見える。この二つの対立軸はおおむね重なっているのだけれど、微妙にずれてもいる。例えばヒラリー・クリントン的な立場は、女性への暴力を糾弾しつつ国家暴力を容認していく。女性への特定の暴力を絶つために国家暴力を発動する―アフガニスタンの女性差別をなくすために同地を爆撃する、という理屈。女性への暴力反対で連帯できる人たちも、そのために国家暴力が発動される局面になれば引いてしまわざるを得ない。「日本政府は謝罪せよ」というきわめて正当な主張が、南コリアの民族主義・国家主義を肯定してこれを強化発動する力と連動している印象が濃くなれば、連帯から引いてしまう人たちもいるだろう。
反基地闘争もまた複数の対立軸を持ち、連帯を多面化している。国家安保のために土地と生活を奪われる人たちへの共感で結びつく連帯、自然・環境破壊への反対で結びつく連帯、アメリカ合衆国の覇権主義への反対で結びつく連帯、戦争・軍隊の存在そのものへの反対で結びつく連帯、大きな意味での体制反対という面で結びつく連帯…。軍隊は必要だけど、そのあり方や基地建設のやり方がよくないという立場が(想像だけれど)一般的だとすれば、例えばカンジョン村の抵抗が「沖縄、済州島、台湾などが、現在属している国家からある程度独立して《非武装、平和の島》として連帯していこう」と言われたら、やはり《引いて》しまう。
今回のツアーは、少し前に北コリアが戦闘的な宣言をして緊張が高まる中、おこなわれた。歩いて回った範囲では、しかし、不安や緊張は感じられなかった。台湾に戻ったら「今日戦闘が始まるか、明日か」といった勢いでTVが朝鮮半島情勢を報道している。少々面食らう。朴政権は史上最低の支持率で成立した。例にもれず、外敵の脅威という追い風を受けなければ存続はむずかしい。日本もアメリカ合衆国も北コリアの脅威を必要としている。マスメディアは脅威を煽る。脅威は増幅され、暴力の必要性が所与のものとなっていく。国を守るためには多少の犠牲はやむをえない、という空気が作られていき、反対運動のゆるやかな連帯に裂け目を入れていく。(阿川)
注:今年のEaphetツアーの統一テーマを、長時間の討議の結果「繋がっていく越境です」としました。4月3日~7日まで。次のツアーは(おそらく)台湾ツアーで7月終わり、沖縄ツアーがその次で、これはおそらく8月終わり。その間に、短期で蘭嶼ツアー、貢寮ツアー、台東ツアーなどあります。詳細はEaphetまでお問い合わせください。

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