蜜陽―山の闘い:現地レポートその②
| トクチョン・ハルモニ(左端) |
息子が学生運動してたときには私が電話かけて、そんなことしてないでちゃんと勉強しなきゃだめだよなんて言ったもんだけど、今度は私がこの歳で(80いくつだろうか、聞かなかったけれど)反対運動してたら息子が電話かけてきて「母さん、いい歳してそんなことよしな」なんていわれてね。まったく人生面白いねえ。―ミリャン(蜜陽)のトクチョン・ハルモニはほんとに面白そうにそう語る。6月11日の行政代執行のときには、体を引き剥がされないように巻きつけた針金であやうく身体を引きちぎられるところだった。まだ痣が消えない。6月11日まで9ヶ月間、ずっと山の上の抵抗小屋に住み、ときおり下りてきては家の畑仕事をする、そんな毎日だった。山の抵抗小屋は撤去されてしまった。下のいても、ちょっとうとうとして寝覚めたときなど、ああ、山へ行かなくちゃと焦る。支援の若いものたちに、すぐ上へ連れてって、と電話する。「ハルモニ、上の小屋はもうないんだよ」といわれて、唖然とする。そんな状態が続いている。
| ハン・オクソン・ハルモニ(右) |
われわれEaphetの南韓ツアー一行は、現地レポート①を書いてくれた一兵さんに連れられて7月5日にミリャンを訪れ、まずトクチョン・ハルモニと出会ったのだ。6月11日の代執行で、抵抗小屋はすべてなくなった。韓電はすべての送電塔予定地を確保。まだ建っていないものも多いが、土地は確保され、夜も見張りを立てて警戒している。「私たちはまた始める」それが今の抵抗運動のスローガンだ。土地を全部確保されたからって何だ、私たちは負けちゃいない、また運動、はじめるからね・・・そういう意味だ。「送電塔なんか引っこ抜いてやる」と豪語するのはオクソン・ハルモニだ。ハルモニは代執行のときには裸になって「私たちは何も隠すものもなし、悪いことはしていない」と抵抗した。
| コジョンの蝋燭集会 |
あんな鉄塔を建てられたけれど、私たちの心に鉄塔が建ったわけじゃない、あんなものはいずれなくなる・・・コジョン村の決起集会「私たちはまた始める」で挨拶にたった同村の理事長は村民にこう語った。
われわれ一行は5日の晩は、一人のハルモニの家に泊めてもらい、翌日、古里原発へと向かった。泊まった晩は多くの支援者たちと宴会になり、遅くまで話した。ときおり外に出ると、128番(鉄塔の番号)の建設予定地が木が剥ぎ取られ、そこだけスポットライトがあてられ(警備のため)、山の中腹に浮かび上がっている光景にどうしても目がいってしまう。

コメント