民国100年記念祭に抗議
10月9日、台北の中央芸文公園で『原住民千年、台湾巴萊:血涙控訴音楽会』が開かれた。「民国は100年だそうだが、我々原住民は千年、万年だ!」「中国から来た者たちは、中国へ帰るかもしれないが、われわれが帰る場所はここ台湾しかない!台湾巴萊!」(映画の影響で~巴萊、というのが流行っている)「土地を還してほしい!尊厳を還してほしい!土地も金も要らないから言葉を還してほしい!」―歌や表演の合間に訴えが続いた。
4時すぎに到着した私は邱若龍、クホン・シバン、ワタン・ディロー牧師たちと立ち話をしながら開幕を待った。ワリスandイワン・ペリンも到着したが、スヌイの一行はバスが渋滞に嵌って遅れている。舞台には場つなぎに歌う人や、「馬英九、道歉!馬英九、道歉!」とシュプレヒコールを飛ばす人などが時々上がっては降りていく。
会は小雨がときおりぱらつく6時に開始したが、集まったのは遊覧バスおよそ5台分、大目に見積もっても200人強ほどの人達が花蓮、台東、南投、そのほかから集まっただけだった。明日の民国100年祭に対抗するにはあまりに小規模なのに、まず“あれっ?”という感じがする。
ラップあり、歌あり、踊りありで、観光客や近所の人達も見物に出てくる。そうした物見遊山を入れても300人には足りなかっただろう。物見遊山の人たちに、一体どれくらいメッセージは伝わっただろうか。彼らにとっては“原住民の歌と踊り”という見世物に過ぎなかったのではないか。
スヌイのバスも遅ればせながら到着。この催し中、最も統制のとれたコーラスを披露した。コーラスの指導をしたのであろうウマフさん、一昨日会ったときにこの催しの意義について(彼女にしては熱っぽく)語っていた。「政府は新しい開発条例を作って山の人の土地をさらに奪おうとしている!」
「セエディック・バレはすごい映画ですよ!私たちは台湾人として誇らしい。」という学生たちに「でも、あれはセディックの物語でしょ?」と言うと、「え、原住民は台湾の一部分なんだから、私たち台湾人の物語ですよ!」と言い返す。そのことを、花蓮で神学を教えているある牧師に話したら「それは歴史を知らないのだから、しょうがない」と言われた。その通りかもしれない。じゃあ、どうやったら歴史を知ってもらえるのか。音楽会というアイデアはよかったが、デモ行進もなく、示威行動としてのインパクトの弱さに疑問が残った。(Awil Kazuo)

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