何か変だぞ、今年の霧社紀念祭
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受付では映画観光旅行の宣伝が |
10月27日、霧社事件81周年紀念祭が行われた。和解を掲げた80周年の「愛と平和」紀念祭に続くもの、そしてSeediq Bale公開後の紀念祭として注目された。台中を8時半に出発して何とか10時の開幕に間に合った。
まず入り口に『仁愛郷霧社事件―賽德克‧巴萊電影観光旅游行程・・・走訪「霧社事件」八大部落的歴史足跡』と書かれたポスターがあり、そのパンフレットを手渡される。
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| 部落名のプラカードが並ぶ |
会場(慰霊碑に向かって左側)にはブヌン、アタイヤル、トーダ、トルク、タクダヤの部落名が書かれたプラカードが並んで立てられている。手前から合作村、精栄村、春陽村、南豊村、中正村、法治村、萬豊村、親愛村、大同村、力行村、発祥村、翠華村、新生村、互助村。が、実際には部落名のプラカードの後ろに誰が座っているのか、見るかぎりでは判然としない。(おそらくSeediq Baleの出演者たち目当てに来たのだろう)一般の観光客なども混じっている。プラカードの後ろにその村の人たちが陣取るという意味ではないらしい。慰霊碑に向かって右側には一番手前に「清流社区」という(一つだけ色が違う、黄色の)プラカードがあり、その先は「仁愛高中」「仁愛國小」「互助國小」「法治國小」「合作國小」と、出し物を演じる学校名のプラカードの後ろに生徒たちが座っている。「清流社区」というプラカードの後ろも、生徒たちが座っているが清流の人たちは10数人ほどいただろうか。
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| 式典内部サークルを占めたスヌイの人たち |
布陣に関して何よりもびっくりしたのは、(80周年では各部落の代表で構成されていた)中央の式典サークル内を、スヌイの人たちが占めていたことだ。スヌイの村長とWさんを中心に、全員がスヌイの人なのだ。聞いた話では、Wさんが人を指定したのだそうだ。左側に男性たち、右側に女性たち。女性たちは麻糸を紡ぐ動作を繰り返す。男性たちは(煙草を吸わないP長老も)パイプをくわえたりする。映画を意識した演出のようだ。Wさんは映画公開以来のSeediq Bale衣装に身を包んで”儀式“のプロデューサー役。プログラム上の「賽德克伝統式典」の部分では最年長のUさんがトーダ語でもぐもぐと祭文を読み上げるのを、Wさんが朗々と中文に訳して聞かせる(去年の祭典では、この部分に中文翻訳はなかった)。
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| 映画関係者 |
来賓席には前の方に南投縣長、郷長、遺族代表、高金素梅(遅れて到着)らが陣取り、後方に映画のスタッフや役者が陣取った。もちろん回りをメディアが取り囲んだ。
80周年の式典で中心的な役割を果たした人々の姿はほとんどなく、いても影が薄い(役割がない)。長老教会がいない。(スヌイ長老教会はなぜかこの日をはさんで三日間、高雄などでの祈り会に参加するということで欠席。S老もこれに同行したのだそうだ。「私も行きたかったのに、Wさんに言われてこの式典に参加させられちゃって・・」とP長老はぐちっていた。)
和解の言葉は、もちろん全体に前面に出ていた。挨拶に立ったダキス・パワン先生の言葉にも、郷長の言葉にも、遺族代表の言葉にも、それは決まり文句のように登場した。これはもはや清流の(モナの)霧社事件ではなく、“仁愛郷霧社事件”なのだ(この言葉も初めて聞いたように思う)と。
総統の代わりに、今年は県長が参加した。南投縣長は山の問題に無関心なことで知られるが、その県長が出てきた。中華民国の下に事件の式典を行う、その原則を守ることが重要だという意識があるのかもしれないけれど、映画で注目を浴びているから(来年の1月の選挙をにらんで)こその“お出まし”になったのだろう。
南投縣長、仁愛郷長、スヌイの村長、そして(世が世ならスヌイの頭目であったはずの)Wさんたちが、ある意味ではこの式典を乗っ取ったように感じられた。和解はすでに既成事実となった、今は、この好機(和解もなり、映画による宣伝という後押しもある今)を逃さずに経済発展を前面に、という感じだ。電影観光旅游行程なるものを考え出して、式典も平地の人が理解できるように中文翻訳をし…。今まで和解を掲げてきた長老教会、山の教会関係者の顔は一つも見えない。なぜスヌイの人だけが、式典の内部サークルを構成したのだろう。これからは部落で回り持ちでこれをやりましょう、という了解があるのだろうか?(スヌイの人に聞いてみたが、納得の行く答えはなかった。)
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| 県長(左)とスヌイのWさん(左後方に高金素梅さん) |
去年は式場の外で自治運動の人たちの示威行動があった(高金素梅さんもワリス・ペリンとともに参加)。今年の高金素梅さんは映画関係者と米酒を酌み交わしていただけに見えた。
今年の式典が去年S老たちが必死にまわりを説得して和解ということをテーマの中心においたことを“継承する”ものだとしたら、何かが大きく間違っていると思う。映画による経済効果を追求して悪いことは何もない。しかし、和解を通して自分たちの霧社事件物語を作り出して行くことと経済効果を引き換えにするのだとしたら(80周年に和解への期待を寄せ、それが総統の来訪によってみそを付けられたように感じ、それならばと81周年にその期待を膨らませていた人々にとってそのように感じられたとしたら)とても重大な間違いだ。その二つは引き換えにする必要などなく、両方とも追求できるのに。(Awil Kazuo)






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