烏來高砂義勇兵紀念碑の今



右から二つ(伊庭野胸像とその左隣の鎮魂之碑)
に中文とアタイヤル語訳が追加された。
 1029日、烏來高砂義勇兵紀念碑をひさしぶりに訪れた(2010年3月の記録参照)2009324日の行政訴訟判決から2年半。盗まれた伊庭野の胸像は、新たに作りなおされ中文とアタイヤル語訳が付けられていた。旧陸軍病院寄贈の“鎮魂之碑”にも中文とアタイヤル語訳が付けられていた。これらは約1年半前に追加されたんだと紀念協会のMakay Rimuy総幹事は説明してくれた。翻訳を付すようにという行政裁判の裁定を少しずつ実現しているようだ。(翻訳が追加されたのはこの二つだけで、紀念碑から一段下がった階下にある日本語の碑文はまだ日文だけ)。しかし、台北縣側との最終的な合意文書はまだ完成しておらず、今年中には合意に達するはずだとMakayさん。「台灣では法律問題の処理に時間がこんなにかかってしまって、日本の方に本当に恥ずかしいですよ。」
Makay Rimuyさん、62歳
「それができて、やっとこれで終わりということになったら、高砂義勇隊についての作文を全国から募集してコンクールをやろうと思っている。日文でも中文でも原住民語でも英語でもかまわない。」コンクールの費用は、日本(紀念碑を守る会)から寄贈された約900万元のうち、まだ手付かずに残っている200万元ほどを当てるとのこと。最初の紀念碑建設に要したのは700万元ほど。撤去命令によって破壊された部分の修復は台北縣が負担した。「修復に1000万元ほどかかったようだ」とMakayさん。その作業は、しかし、最初の建設作業よりも雑な感じで、ウッドデッキはすでに板が浮いてきている。「何度も直すように言っているけど、なかなか埒が明かない」とMakayさんはこぼす。

最近訪れた人が置いていったのであろう「英霊顕彰」と書かれた靖国神社の札が、紀念碑の正面に。煙草と檳榔も供えられている。2年前に訪れたときにも靖国神社の絵馬が欄干に吊るされていた。とりあえず目立つものではなく右翼がこの場所で大騒ぎをする、という話もない。“彼ら”もまた訴訟の件に気を遣って、少なくともこの場所では身を低くしているのだろうと思う。
現在、烏來高砂義勇兵紀念碑協会の理事長は入院中。Makayさんのお父さんは今年亡くなった。理事長交替の時期にも来ている。あとを継いでくれる若い人たちはいるのか。Makayさんの父親の葬式に高金素梅さんもやってきた。紀念碑問題については(場が場なだけに)彼女も何も触れなかったそうだ。(Awil Kazuo

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