映画は映画、歴史は歴史だから
「映画は映画、歴史は歴史だから」とダキスさんは何度も繰り返した。彼がシナリオを最初に読んだときから抱き続けてきた違和感を、この言葉(最初に奥さんに言われたようだ)によって振り切ってきたのだろうと感じさせた。「セディックが注目され、原住民が注目され、台灣が注目されることに役立つんだから、映画は映画でいいじゃないか。」何度も監督に「これはおかしいのではないか」と言ったこともあったが、ダキスさんの進言が聞き入れられたのは細かい部分だけだった。大筋の展開はすでに決まっていて、ダキスさんの意見で変わるものではなかった。公学校で子どもたちが女性たちを襲うシーンで「これでいいの?」とダキスが聞くと監督は「不行嗎?(だめなの?)」と返したそうだ。(これに関して別の番組でダキスさんは、アウイ・ヘッパウの“証言”以外にはこういうことがあったという記述はないことを指摘し、アウイが自分が見ていないことを語っているとも指摘しているが、ダキスさんとしては歴史観の相違と考えるしかなかったのだろう)
彼はなぜ、そもそもこの仕事を引き受けたのか。冒険だったはずだ。どのように物語を作ろうとも、どこかから必ず文句が出る。清流からだって文句が出る。お前がついていながら、どうしてこんな映画になったんだ―誰かは必ずそう言う。ダキスさんの中には、どうしても和解できず、瑣末な違いに拘泥していがみ合うセディック(だけでなくブヌン、タイヤル、そして大きく言うなら平埔族も含めた原住民族)へのある種の決別があったのかもしれない。決別というのは正確ではないかもしれない。見切り、というか、乗り越えというか・・・。「こんな小さな台灣で(原住民)自治が可能とは思えない、土地がたくさんあるんなら別だけど。台灣の中で生きていかなくてはならない原住民が、自分達で団結もできないまま、どうやって平地人と闘っていけるのか。そんなことは無理だ。中華民国という外来国家を自分たちのものだと思うのは勘違いだけれど、台灣というまとまりの中でしか自分たち原住民もまとまっていくことができないのではないか…」これはダキスさん自身の言葉ではないが、私にはそのように聞こえた。(また、思い出したことがあったら書きます。Awil Kazuo)

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