『長崎原爆―台灣醫生陳新賜・王文其歷險記』新書発表会


 五二十三日『長崎原爆―醫生陳新賜・王文其歷險記』(作者:李展平/晨星出版)の新書発表会が、嘉義市の「中英醫院」にて行われ、人で台中から参加してきた。見たところ報道関係者を含め三十名程が集まったのではないだろうか。早く到着したのにも関わらず、入口に並べられた王さんのアルバムを見ている間に、有名な彭明敏教授が到着して発表会は開始。場所があまり広くない上、報道陣が前に集まってしまったので、私は後ろの方から無礼を承知で椅子に立って覗き込む形だったが、王さんの表情はよく見えたのでかえってよかった。
 報道文学作家の李展平さんが長崎原爆の被害を受けた二人の台湾籍お医者さんの体験記をまとめた本の発表会ではあったが、王文其さんが日本政府から受け取った和解金、日本円で百五十万(記者會新聞稿より)全額を嘉義の社会福祉団体等に寄付するということで、その贈呈式も兼ねていた。
 一九一八年生まれ(九十五歳)という高齢で、開始前は一見疲れているように見えたので心配したが大きな声で話す姿は、前回会った時の煙草をバンバンと吹かす王さんと変わりなかった。以前、二〇一〇年十一月に、王さんを訪問した際、王さんやその息子さん達は給付申請や抗議することに多少疲れたという印象があったが、ご本人が生きている間に今回を一応の区切りとして“受け容れられる”結果となったのではないか、そう思うと正直にうれしかった。
  「田上富久長崎市長は九日、台湾在住の被爆者に日本の援護の情報などを提供したり調査を進めるため今秋、職員を台湾に派遣する意向を明らかにした。」(長崎新聞五月十日)このような報道もある。二〇一一年日本の被爆者支援団体の働きかけにより「台湾被爆者の会」が設立された。長い間、台湾の被爆者支援団体も存在しなかったのだ。王文其さんや家族が名前を出し自らの物語を語った事が、まずは日本政府による台湾の被爆者の把握に今後つながっていくだろう。(村上生紗)

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