12年國教実施をめぐる攻防



 昨年暮れの122日、台湾全土の高校に、台湾教育部から一通の通達が回った(右)。内容は教科書の選定に関して、中華民国の首都を“正しく”「南京」と記載したもの以外は採用しないようにというものだった。通達は“中華民國憲法に準じて”首都は南京なのだと言う。台湾教育部によれば、中華民国首都は南京であり、台北は中央政府所在地なのだという。多くの学者や先生たちがこの記述に戸惑って憲法を眺めてみたけれど、そんなことはどこにも書いてない。教育部には説明を求める電話やメールが殺到。124日、内政部の李鴻源部長が「首都は台北だ」という認識を示して事態の収拾を図った。問題の通達文書は政府の見解を反映したものではなく教育部のポカだというわけだ。

 事実、中華民国憲法に首都所在地に関する記述はない。現行の(大方の教科書で)中華民国地図上で台北に「中央政府所在地」と記した上で首都の記号を付している。陳水扁時代の(教育の)本土化で「南京が首都」というそれまでの“解釈”はいったんは死んだはずだった。194912月の“台北遷都”をもって、中央政府所在地という住所の変更だけでなく、実質的に首都も台北に移ったのだという解釈が一般化した“はず”だった。今、首都を南京に“戻したい”というのは、中華民国は本来中国全土を統治するものだ(中国との領土の奪い合い)という点に力点があるというよりも、台湾は臨時の場所であって中国大陸に戻ることが本来の姿なのだ(中国との合体)という主張にも聞こえる。

「馬政権は台湾と中国の繋がりをことさらに強調したいのではないか、だからこういう強引なこじつけをするのではないか」という観測が本土派の間では一般化している。今年8月から施行される12年国教(12年一貫教育)に向けて「中国寄りの」カリキュラムと教科書に向けて改訂を図ってきている馬政権への批判者たちは、「教育部は憲法を知らないのではなく、解釈を捏造して民衆を騙そうとしている」と憤懣やるかたない状態。

12年国教(12年一貫教育)に向けてのカリキュラム改訂に関しては、1227日に開かれたカリキュラム審議会で高校の国語と社会科の教科書改訂の方向性を決定した。中国に関する記述の大幅な増加、日本時代の評価の「適正化」などが、その方向性だ。日本時代の評価の適正化とは、本土化時代に「持ちあげすぎた」日本時代の評価を引き下げることらしい。日本が台湾で植民地開発(インフラ整備)をしたために台湾の近代化が促進された、とか、日本が学校を普及させたから台湾人の識字力が大幅に上がったとか、時間を守る習慣が根付いたとか、そういうのは一方的な評価であって適正とは言えないということなのだろう(適正な評価の具体的例は示されていないので、これは推測)。日本のネットなどでは「台湾が反日教育に変わる」などという煽情的な見出しが掲げられた。

教育部ではこれを「小さな調整」と主張しているが、台湾大学の歴史学科、陳翠蓮教授は「十分な議論をしないまま、大幅な教科書改訂を行うのはおかしい」と馬政権を批判した。民進党スポークスマンの張惇涵は「これは調整なんてもんじゃない、大改造だ」と国民党を批判。「台湾の歴史は、中国の歴史でもなければ国民党の歴史でもないんです」とは反対派の学生、賴品妤の言葉。(アウイ・カズオ)


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