75年前の部落に戻りたい:東部ブヌンの闘い

ナブさん(右)とお母さん
 8月11日、台東のBunun部落で、ナブさんとそのお母さんに会う。Eaphetへの依頼があるというのだ。依頼の内容は、日本を訴える資料作成への協力だった。話はこうだ。ナブさんの部落は、1941年3月9日の「内本鹿事件」の当事者だった部落だ。1941年以前から始められていた(おそらく1930年の霧社事件以降、いずれかの時点で開始された)山上の部落の平地への強制移住に対して、堪忍袋の緒が切れた人たちが日本警察の駐在所を襲って警察官を殺害、それを契機に始まった抗争が「内本鹿事件」だが、結局、日本警察が強制移住を強行し、山上の部落には火が掛けられ焼かれた。
 以来、20年ほど前まで一度も元の部落に戻ることができなかった。昔の部落へは片道5日間かかる。老人たちがヘリコプターに乗って、部落を訪問できたのは数年前に原民会が経費を負担してくれたときだったそうだ。Eaphetに整理を手伝ってほしいという資料というのは、移住当時の日本警察駐在所の記録の翻訳だ。

 依頼してきたのはナブさんと、そのパートナーであるパナイさん(左の写真上中央)。二人ともBubunの歌手だ。自分たちの祖先の部落に戻ること、それを通して自分たちが何者なのかを知ること、次世代にそれを伝えていくこと、そうしたことがナブさんたちにとっては何よりも重要なのだ。

 訴訟ということになると、どういう困難が待ち受けているのか分からないが、私には荒唐無稽でも無理難題でもなく、当然の思いに思われた。今後、どのように展開するにせよ、ナブさんたちを応援したいと思う。(Awil Kazuo)


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