言ってはいけないこと

反ユダヤと反イスラム言説
 2007126日、国連総会は「歴史の事実としてのホロコーストのいかなる否定も受け入れない」と決議した。
 デンマークの新聞(ユランズ・ポステン)が掲載したイスラムの預言者、ムハンマドの風刺画をめぐってヨーロッパだけでなく世論が大揺れに揺れた後、イランのアフマディネジャド大統領が「これが許されるなら、こちらはホロコーストを風刺する漫画展を開催する」と息巻き、実際、20062月にテヘランで開催、さらに200612月にはホロコースト・グローバルヴィジョン検討国際会議(International Conference to Review the Global Vision of the Holocaust)をやはりテヘランで開催した。この検討会は、ホロコースト言説への疑義を集めた形で行われた。ホロコーストは捏造だ、とか、数字を大げさにしすぎている、といった疑義だ。これを受ける形で、冒頭の国連総会決議がなされた。
 決議を提案したのはアメリカ合衆国、日本など103カ国(共同提案)。問題のもととなったユランズポステンのムハンマド風刺画(風刺画というよりも侮蔑画なのだが)の方は、何の問題にもされなかった。

 201517日、フランスの雑誌、シャルリー・エブド誌が武装した二人組に襲われ、編集者、画家など10名が射殺される事件が発生した。シャルリー・エブド誌はそれまで繰り返しムハンマドや、シャリア、イスラム教を侮蔑する漫画や記事を掲載してきた雑誌だ。犯人はアルジェリア系フランス人の兄弟で「ムハンマドの復讐だ」と叫びながらの犯行だったと伝えられた。
(右はシャルリー・エブド誌の「風刺画」【ムハンマドの言葉】わしの尻はどうじゃ?みんなわしの尻も愛してるか?)
 111日、フランス全土で300万人以上と言われる人々が反テロを掲げて街頭に繰り出した。パリでも数千から数万単位で行進があった。標語は「Je suis Charlie私はシャルリ―・エブド紙を支持する/私もシャルリーだ)」。
 イギリスの首相、ドイツの首相、スペインの首相、イスラエルのネタニヤフ首相、 そしてパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長など、フランスのオランド大統領に賛同しこの行進に参加した、とメディアはこぞって報じた。(ネタニヤフに関してはオランドに呼ばれたのではなく押し掛けだったとも言われるが、アッバスとネタニヤフを並べて見せる誘惑にオランドが勝てなかったというのが本当のところかもしれない。)そしてこの「世界のリーダーたち」が群衆とともにパリを行進した(と当時、鳴り物入りで報じられたが、最近になって、「首脳」たちはSPに取り巻かれて行進している写真だけを撮ったらしいことが判明している―下、写真)。
 行進の標語は「Je suis Charlie」だから、「首脳たち」はシャルリー・エブド誌への支持を公的に、ドラマティックに表明したわけだ。米国と日本は申し合わせたように駐フランス大使だけが参加し、特に高官を派遣することもしなかった。もちろんオバマも安倍も不参加だった。米国では後でワシントンポストなどが中心となってオバマ大統領は参加すべきだったと批判が巻き起こった。これを真似して日本のネットでも安倍不参加は「外交下手」などと揶揄されもした。
 シャルリー・エブド誌を支持するということは、同誌が継続してきたイスラム教を筆頭にした宗教侮蔑を「表現の自由」として支持するということだった。オバマはそれを避けたかった。安倍は(独自の考えがあったとは思えないが)これを真似た。(単にフィットネスクラブかゴルフの予約と重なっていたのでスルーした可能性も…この日に公務は入っていなかった。)
 
 ホロコースト否定、反ユダヤ言説は《言ってはいけない》が反イスラムは《表現の自由》という極めて明確で乱暴な二重規範は、このようにして作られていった。
 
政権批判はテロリスト支持
 117日、安倍首相は訪問中のエジプトでイスラム国対策費として「2億ドルの供与」を発表した。日本政府は後に「人道支援のための金で、軍事費ではない」と強調したが、117日の演説からそのようには読みとれない。「支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。(首相官邸HPより:日エジプト経済合同委員会合における安倍内閣総理大臣政策スピーチ 」)安倍はこう述べたのだ。いわゆる人道支援は“それも含まれる”というニュアンスで語られていて、支援の“本体”はフツーに考えれば軍事費だろう。

 二名の「日本人」がイスラム国の人質となっていた(遅くとも昨年の10月には日本国政府の知るところとなっていた)が、17日の発表を受けて20日、イスラム国はこの二人の人質を殺害すると脅迫する映像をインターネットで公開した。身代金の額は、安倍がイスラム国と闘う資金として親米周辺政権に供与を約束した額と同じ「2億ドル」だった。安倍が売った喧嘩をイスラム国が買った形だ。
 この失態(あるいは猿芝居)への批判は、しかし、日本国内で封殺されていった。野党であるはずの共産党、民主党も「政権批判」自粛に走った。無論、その背景には青天井とも思えるほどの費用(税金)をメディア対策につぎ込む安倍政権があり、日本政府を批判することは敵(イスラム国)に味方することだという、ブッシュ・ジュニア顔負けの短絡した論理が支配するグロテスクな空気が作られていた。
 人質となり殺害されたと言われる二人は、安倍政権によって、個人性も歴史も奪われて、単なる『日本人」犠牲者として、政治的に利用されることになった。(イラク人質事件のときとは違って、政権サイドからは、不思議と「自己責任論」は聞こえてこなかった)。安倍政権は福島原発事故と同様に、自身の失態・過失を隠蔽して、無垢な被害者を装い、反論を威圧した。「マッチポンプ」とはこういうことを言うのだろう。

A2-B-C上映中止
 映画「A2-B-C」の上映が「配給会社の都合により」316日以降の上映が中止された。配給会社との契約は後2年残っていたにも関わらず、突然の中止通告だったようだ。イアン監督の抗議にも納得のいく答えはなかったようだ。上映そのものは、上映権が監督に戻れば可能になるので、上映禁止という言葉はあたらない。なぜなのかは、想像するしかない。「福島で起こっていることについて、うそのない、オープンな議論をすることは、もう不可能です。そして、『A2-B-C』の国内での上映が全部キャンセルされてしまったことは、日本の言論の自由を蝕んでいる病の症状でしかありません。」(イアン・アッシュ氏談)

 改めて指摘するまでもないことかもしれないが、憲法を守ろうとか、平和を大事にしようとか、福島第一原発事故は収束しておらず危険性はむしろ高まっているとか、アベノミクスは格差を拡大しているとか、慰安婦問題を含めた日本の戦争責任を認めようとか、「言えないこと」が日に日に多くなっている。
 都合の悪い言説はあからさまに力で威圧する。ヘイト・スピーチによって言論を封殺する。経済的な圧力をかけて封殺する。あらゆる検閲・統制の方法が使われる。私たちはますます大声を出すしかない。(村山さたね)


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