福島的現在 in 韓国(ソウル)報告
昨年、台湾で行われた平和の島連帯のイベントで済州島のカンジョン村から参加してくれたドルコレ(イルカ)ちゃんが、私がソウルに行くのを知り企画してくれました。事前にパワーポイントを送ったものに韓国語で文字を足して沢山準備をしてくれ、広告も精力的にしていただいたおかげで当日は沢山の参加者と、テレビ局の取材も入りました。参加者は、若い学生さんから子ども連れのお母さん、環境デザインをしているアーティストの方々、いつも書店に来ている常連さんや書店のお知らせを見てすぐに申し込みをしたという若いご夫婦などなど。
通訳は私の娘、まゆこと日本で仕事をしていた、ドルコレちゃんの先輩の方がしてくれ、専門的な用語が出て来るのですが、みなさんのおかげでスムーズに話すことが出来ました。
感想や質問も次々とでて、関心の深さをしみじみ感じました。
中でも、子どもの給食に汚染された魚や加工品が使用されるのを心配しているお母さんの質問は、とても気持ちがわかるだけに、日本がやっているいい加減な放射能被曝対応に改めて腹が立つ思いと、世界中に迷惑をかけているという事をもっと日本の人達は自覚するべきだと怒りがふつふつと湧いてきました。
他の質問や感想を少し紹介します。
☆ 若い会社員の女性が、同僚が妊娠中なのに日本(東京)に遊びに行くというのでとても心配で、何と言えばいいか?と考えているという方
☆ 最近、結婚したばかりのご夫婦は、爆発後からとても心配で、今日の話のお知らせをみてすぐ応募した。日本に旅行を計画していたけどやはりやめた。
☆ 2011年以降、東京に出張があり何度か行った。その後、こどもが出来て産まれる時に、本当に心配だった。こどもは大丈夫か、元気にうまれるか、東京に出張したことを後悔した。放射能は目に見えないだからこそ怖いと話すお父さん。
☆ 東京の会社で仕事をしていた。311の時も東京にいて大変な事が起きているのに、会社も会社の人も変わらず残業してなにもなかったかのように過ごしていた。ふと怖くなった。妻と子どもの事も心配になったので、仕事をやめて韓国に戻ってきた。しばらく東京にいたので、こどもが大丈夫か今も心配だ。
終了後はマッコリを飲みながら焼きたてのジョンをみんなで食べていろんな話をしました。環境デザインという仕事をしているアーティストさんは、作品で核について訴える展示会をしたり、汚染食品心配をしているお母さんは輸入をしないようにお母さんのグループで頑張っていたりします。食品の汚染データなど日本語でわからないという事なので、韓国でわかるように書いて送るなど、この会の後も情報交換をしはじめました。
この五年の間、色んな所でお話をさせてもらったり、文章で書かせてもらったりメディアにも取材されたりしてきました。ここ一年くらいは、日本の人もそうですが台湾の人達の関心も明らかになくなってきています。
そして過去の事になり、あの時は怖かったよね、というくらいの話になってきている人が多数だと感じています。
正直、もうこういった話をするのも、勉強会というものに関わるのも辟易しています。
そんな中での韓国ソウルでの話で、新たな気付きももらうことが出来ましたし、つながりもうまれました。
しかしながら、自分の今後の活動については答えが出ないままです。5年が経過し、自分の周りを見渡した時、何を伝えればいいのか?
意味があるのか?と考える毎日です。
ただひとつ言える事は、無知な人や危機感を忘れた人から放射能の影響で倒れていく、という現実です。(上前昌子)




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