投票の権利、義務、意義―イギリスのEU国民投票をめぐって



 日本の参議院選挙数日前の朝日新聞読者欄を読んでいると不意を衝かれました。大阪の一市民による、「候補者見極め必ず投票して」という題の下、次のようにありました。

[前略]10日は参院選の投票日です。私は在日コリアン4世で、選挙権はありません。ですがこの国で生まれ育ち生きる一人として、考え、声をあげ、行動し続けます。投票権がある人たちには必ず投票をして欲しいです。[後略]

その静かな言葉に私は恨みとか怒りとかいうよりもむしろ一つの断念を読み取ってしまいました。その静かさゆえにこそ訴える力のある言葉=行動でもあるのでしょうが、それでも、投票の権利と義務と意義とについて考えさせられました。イギリスの国民投票と日本の、私の目には多分に国民投票的な色彩を帯びた参院選がほとんど同時期に行なわれた結果、そんなことを考えるのもごく「自然」だったのかもしれません。そのちょうど週間前、極めて高価な一票を速達で本国に送ったのでした。

 イギリスの言論メディアにおいて残留派と離脱派の主張はきれいに二分化しました。「入国管理の権限をはじめとする主権を取り戻す」と「ヨーロッパに残留し、強い経済、治安、雇用を図る」、凝縮すれば「移民制限」か「経済安定」かの二者択一のように情報が提供されました。EUの実態についての落ち着いた説明会、開かれた討論の機会はほとんど皆無でした。特に離脱派のうちには「我らの職を奪うポーランド・東欧人」に対する嫌悪感と「中東の戦乱から押し寄せてくる移・難民」に対する恐怖感と拒絶が一つの原動力のように働いたように思われ、実際に結果が判明してすぐ、「ルーマニアに帰れ」といった落書きが新たに現れ、白人でない人を罵る動画が新たにアップされ、ケンブリッジの、ポーランド系の子の多くが通う学校の周りに「国に帰れ」といったビラが、親切にも英語ポーランド語両言語を記載し配布されたという。
 投票日7日前に残留を支持し、世界貧困の克服を目指す団体オックスファムの理事にかつて深く関わった労働党議員が、私の生まれた土地から遠からぬところで刺殺されたという報道が、ためらっていた私を投票に向かわせたというのも否めない事実です。というのもイギリスに在住しない私は、報道と思い出と理念以外にイギリスのEU残留・離脱を考える術がありませんでした。そもそも投票権があるとは言っても、現実の問題としてそこにいない、その選択を徹底的に実行できる自信がないのに投票すべきだろうかとも悩みました。

【上写真:イギリス独立党UKIPのファラージュ党首(当時)が離脱を求めるポスターを発表した。コピーは「限界だ。EUは我々を絶望させた。我々はEUから脱出して国境を管理する権限を取り戻さねば。」背景画は西欧諸国へと向かう難民の行列。離脱が決まってすぐ、ファラージュは党首辞任した。
 そこで思い浮かんだのは、第二次世界大戦の終わりをもって生まれ育ったオーストリアを離れ、イギリスに移民することを決めた祖母のことでした。祖母の存命中は、互いに「政治的な話」をする年頃でなかったことも関係しているかもしれないですが、祖母は寛容で、朗らか、特に政治に介入しないような性格の持ち主として思い出されます。その道程においていつしか「イギリス人」になった気もしますが、よそ者にありがちな第三者としての立場を貫いたのではないかと想像されます。イギリスにいてオーストリアの政変をどのように見ていたのだろうと思いを馳せつつ、国家的帰属、血縁的帰属を喚起させるという「国民投票」の団結効果を感じてまたためらいました(この場合「ヨーロッパ」という接点が大きいにしても)。
 ところが移動することの普遍性が認識されはじめている今日、移動者の政治への不介入は問い直されています。EUの旗を掲げる男性を率先にハンガリーからオーストリアへと向かう移民のイメージを「とんでもなくすばらしい行進の映像」*1と賞賛するヨーロッパの移民研究家サンドロ・メッザードラは、『逃走の権利』という著作において、移民の自律性を提唱しています。彼とその流派によると、移民は市民になりたがっているのではなく、市民として行動しているために「すでに市民なのである」という。その論理は移動先の規範の強化にもつながりかねないというぼんやりした懸念も覚えますが、示唆に富んだ発想でもあると思います。ドイツがEUを牽引して昨年の暮れに地中海で溺れていたシリアなどからの難民を数多く受け入れる方針を「独断」したのを、EUの「帝国的な」拡張志向の一環として、またはEUの非民主主義的性格の現れとして、またしても単なる愚行として冷やかす見方も少なくはありませんが、EUが「包摂し他者を同化させるものではなく、他者を受け入れて自ら変わるという柔軟な体裁を持つ(また持ちうる)存在だったならば、もう少しその可能性を探っても良いのではないかという気もします。加盟国の20あまりの使用語へ公文書を翻訳し、議会の同時通訳をインターネットで公開するといったEUの言語方針にも、進歩的なところがあると思います。
【右写真:EUの旗を掲げる男性が移民の行進をハンガリー・ブダペストからオーストリアへ牽引する。行進は201594日にオーストリアの国境に達する。イメージはwww.artikelmagazin.deより。

 しかし、イギリスの有権者はそのいわば実験を選ばなかった。ほとんど誰も本気で予想しなかった、EUからの離脱を選んだのでした。その予期せざるということを象徴するかのように、結果を受けてからEUとは何か」という検索がグーグルのサーバーに殺到したという。イギリスの政治的中枢においては離脱を牽引した者らは次々と姿を消し政界を混乱に陥れ、好都合にも公約を守る必要のある人物は一人も残っていない。この文章を執筆する時点、論争(と言えば過剰評価になる)において控えめでアンビバレントな態度を見せたテレサ・メイ内務省は即刻首相の席に廻る運びとなりましたが、ここのところどのようにことが展開していくかは誰からしても大き不明であるように思われます。有権者が選んだものは何になるのか、後々判明してくるに任せる他ない、ということでは、しかし、ないと思います。
 投票権は「参政権」の代表、象徴、同義語としてさえ機能することがありますが、島田雅彦も述べているように、政治参加は全く投票という行動に限ったものではありません。「デモはテロと同じ」という石破茂(自民党)の考えに反発して「デモは投票と同じ」と島田は書いていますが(『優しいサヨクの復活』)、デモという「直接的な政治行動」に留まることはないように思います。加えて言えば投票権の実行は政治体系を肯定した上での消費選択のようなもので、どんな野菜を買う(あるいは買わない)のと同じく、どんな本を選び、どんな言葉を求めて書いて口にするのも、劣らずとも勝らずの「参政」ではないか、と思えてなりません。そう思いたいと言った方がなお正確なのかもしれません。

 私は理念を基に票を投じました。別の理念が勝ったのか、それとも理念などで判断をする余裕のない現実の苛酷さが勝ったのか、私にはわかりません。残るのはただ、どうも非寛容が増してくるように思われるこの世の中において、どうしたら平穏に共存できるのかという問題です。(トーマス・ブルック)

*1サンドロ・メッザードラ特別インタビュー「危機のヨーロッパ」http://www.jimbunshoin.co.jp/news/n14762.html



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