核電勉強会、始めました。



823日金曜の午後、Eaphet10数人の人が集まって「核電勉強会」の第一回会合を持ちました。各自の問題意識みたいなものを話してもらって、次回からの予定を少しだけ決めて散会しました。会合でも私の問題意識はお話したのですが、ここでみなさんの話を聞いた後の感想を書き留めておきます。

国と癒着した企業による未曾有の大公害
 私は、福島第一原発事故問題は未曾有の大公害問題だと認識しています。エネルギー問題でも原子力技術の問題でもなく、公害問題です。この公害をまき散らした施設は、それを所有する企業だけの判断や能力や知恵で作り上げたものではなく、日本国がこれを国策として下地を作り、米国内の諸勢力の援助を受けながら最大限の支援をして作り出したものです。その施設が事故を起こして公害をまき散らしたわけです。

国策として産業のない過疎地に公害施設を乱立させてきた国=政府をずっと担ってきたのは自民党です。福島第一原発公害発生時に日本政府を担っていたのが民主党だったというのは偶然なのか仕組まれた事態なのか分かりませんが、いくつかの意味で奇妙な展開を生み出しました。財界からも官僚からも信用されていなかった民主党、菅直人政権が事故処理にもたつき(政府に情報が入らない、官僚機構が統制のとれた動きをしないなど)、はっきりとした政策を打ち出せない中、経済優先の野田に政権が渡り、その後自民党が再び政権をとり国=政府=自民党体制を復活させました。その結果、公害処理はどうなったか。公害企業と癒着してきた自民党の責任が問われないばかりか、あろうことか、大丈夫ですよ、「ただちに健康に影響ない」ですから…と宣伝して、地震と津波被害の修復(つまり核汚染以外の部分)をすれば万事問題なしと言わんばかりの自民党の態度に対して“国民”が怒り狂う様子も見えません。公害問題は中心から傍に追いやられて、アベノミクスが“国民”の関心となったように見えます。

過去の例から見て、公害はその責任追及は無論重要ですが、まず公害となっている物質の①流出を止め、すでにまき散らされている公害物質を②除去することが求められます。除去が困難であれば、人々がそれと接触しないよう、③避難させることが求められます。①の「流出止め」はまだ成功していないようです。②除去作業はすでに根本的にはあきらめられていて、建物や地面の表面を削り取るという気休め的な作業はときどき行われているものの、削り取った公害物質を移動させ処理する場所がない。③は公害施設近隣のいくつかの町村に限られ、そのほかの地域では公害物質が残存している(だけでなく新たに加えられている可能性もある)にもかかわらず住み続けることが奨励されています。過去の公害と違って、害が発生した後で、その公害物質の基準値をテキトーに上げていって「ここまでは大丈夫」と政府は言いました(“福島県内の学校等の暫定基準”、つまり子供たちの被曝許容量を2011.4.19にそれまでの一般人一日1ミリシーベルトからいきなり20倍の20ミリシーベルトに上方修正)。害が発生した後で環境中に許容される基準値を上げる、という「ズル」が許されるなら公害企業にとってこれほどおいしい話はありません。
現状では①も②も③もできていないのに、この公害は放置されているようにさえ見えます。

もしかしたら今こうした例は少なくないのかもしれません。ハリウッド映画「エリン・ブロコビッチ」で有名になった米国のヒンクリーという田舎町でも、一時的に企業PGEが多額の賠償金を住民側に支払って公害がなくなったかのようなイメージがありますが、今でも汚染は続いていて新たな訴訟が起こされつつあると聞きます。根本的な汚染除去とか、汚染を出さない、という対策をとるよりもテキトーに謝って賠償金を払ったらそれでいい―そんなことがあるようです。それを徹底的に糾弾するのが政府の役目だろうと思うんですが、政府自体も経済のバランスシート(損得勘定)で動いているとしたら、被害者は勝てないかもしれない訴訟の繰り返しに人生を捧げる覚悟が必要になります。

原爆と原発
 勉強会で「原爆で汚染された広島だって長崎だって、今復興して人が住んでるんだから大丈夫なのではないか」という話が出ましたが、福島と広島を比較することは相当にむずかしいらしいです。一例をあげると、リトルボーイ(広島上空で爆発した原爆のコードネーム、つまり軍隊内での呼び名だそうです)がウラン化合物の量が50キロだったのに対して福島では数トンという違いがありますが、リトルボーイの50キロのうち核分裂を起したのは1キログラムくらいだろうとも言われています。上空での爆発の爆圧で残りは成層圏まで吹き飛ばされたと言う意見もあります。地上まで到達した“比較的弱い”核物質の一部分は瓦礫とともに撤去された(どこに捨てたのでしょうか)。汚染土壌の一部は雨で最終的には海に排出されたとも言われます。爆発後の有名な「黒い雨」にはセシウム137が含まれていたことが分かっているそうですが分量については不明です。セシウム137に関して福島では広島の数百倍が放出されたとも言います(日本政府発表では168倍)。ファットマン(長崎に使用された原爆のコードネーム)はプルトニウム爆弾で、プルトニウム合金の量は6キロくらい。これに対してプルトニウムとウランの混合燃料(MOX)を使用していて福島第一原発でメルトダウンを起した3号機には、使用済みプールも含めて3トンのMOX燃料があったそうです。ここでも量が圧倒的に違うことと、混合比もおそらく違い、長崎が上空での爆発の爆圧による飛散なのに対して福島では地上での放出で、かつ地下にも海水にも放出され続けている点でも比較はむずかしいのではないでしょうか。

広島、長崎の核汚染状況のデータは米軍が秘密裏に収集して持ち帰ったそうですが、詳細は軍事機密扱いで分かりません。私なりに結論を言えば、広島(長崎)と福島を比較したくても、比較するための確定したデータがないし、状況が異なりすぎるように思います。だとすれば、むしろ比較的データが入手しやすい(のかどうかは、事故当初のソビエト政府やIAEAによる隠蔽、過小評価をどのように計算に入れるかによって判断が違ってくるのかもしれませんが、一生懸命に情報を公開しようとしている人たちもいる)チェルノブイリ事故との比較の方が意味があるのかもしれません。

 広島・長崎での人体への被害、その後の二世たち、三世たちへの影響、こういうことも調べようとすると情報の壁にぶちあたります。政府の統計は直接被爆と、二次、三次被曝をきっちり分けて、直接被爆だけを統計したり、影響の項目として特定の項目だけを統計して、遺伝的影響はないなどの報告書(ABCC⇒放射能医学総合研究所)を出しています。これには軍事目的の報告書であって医学的なものとは言えないといった批判があります。ここでも害の実体を知るのがむずかしいわけですが、その最大の理由は人的被害のデータ(だけでなく核関係のデータの重要な部分ほとんどすべて)が軍事機密情報であり、一般に公開されるのは「大丈夫、心配ありません」的なデータである点にあると想像されます。これは冷戦終結後の現在もほとんど変わっていないのではないかという想像を支える根拠はたくさんあります。
 
分からないことを分からないと言うこと
 この未だに収束しない世紀の公害に関して、害の実体が分からない(すでに分かっていることも一般人には公開されない)、安全です、住めますと政府は言うけれど、何を根拠にそういうのか分からない。害をどのように除去するつもりなのか、除去できるのかどうか、分からない。分からないときに、どうしたらいいのか。私一人なら、分からないけどまあいいや、というテキトーな判断もできます。でも私が(たとえば)子供を連れていたら、分からないからとりあえず危険には近づかないような判断をすると思います。東日本の汚染地域の学校が改築されています。ああ、やっと学校も新しくなってよかったなと思うわけですが、なぜ汚染を除去するのに金を使う代わりに汚染地域の学校を改築するのだろうとも思うわけです。

 原発賛成にしても反対にしても、多少の知識の差があるとしても、みんな基本的に「分からない」状態に置かれているのは同じだと思います。大丈夫だ、いや危険だ、というのは一人の人間の判断としては自由です。経済が大事だと思う人は、経済を大事にすればいい。命が大事だと思う人は、命を優先すればいい。でも、自分の判断に否応なく引きずられてしまう人たちがいるときには命の危険の可能性があれば逃げ、当局に情報の開示を要求し、危険の可能性を除去することを公害を出した責任者たちに要求しなければ安全な場所などなくなってしまいます。(古川ちかし)

次回以降の予定
9月6日(金)午後2-4時「汚染地域の現在」(上前昌子さんの報告を中心に)
9月13日(金)午後2-4時「チェルノブイリ事故から分かること」
9月27日(金)午後2-4時「台湾原発の歴史と現状」(黄淑燕さんの報告を中心に)
以降は未定ですが、決まり次第、Eaphetホームページに公開します。

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