原住民の日:空疎な約束の日



円山大飯店外の厳重な警戒と抗議者(Taipei Times)

  81日は「原住民の日」。由来は1994年の81日に、原住民運動が台湾で「原住民」という呼称を勝ち取ったことにあるようだ。原住民テレビではお祝いの番組を製作し、1984年に原権会が発足してからの原住民運動の流れを振り返った。各地でちょっとしたお祭り騒ぎがあった。

 台北の円山大飯店では馬総統が「中華民国がいかに原住民を支援してきたか」を述べ立てたが、会場の外には抗議の声が響いた。抗議の声は“両岸サービス貿易協定”批准への批判が中心だったが、原住民支援という上から目線の国民党の態度への罵声も聞かれた。

 原住民は“庇護される”存在ではなく、対等なパートナーだとした阿扁の約束(2002年)は馬政権には引き継がれなかった。台北タイムズ紙はこの日が「また空疎な約束の日に終わった」と社説で論評。

 馬総統は2008年の当選時からずっと原住民自治を立法化することを約束してきた。一度や二度でなく、そのように公言してきた。もし国民党の立場がこれを支持するものであるのなら、その国民党が(阿扁時代でさえも)多数を占めてきた立法院で「原住民自治法案」が通せないわけがない。原住民基本法が採択されて8年になるが、その内容さえも実現しているとは言い難い。すでに立法化された基本法を順守するように各自治体に原住民自身が訴え、圧力をかけなければ自治体から率先してこの法律を守ろうとはしないのが現状だ。自治体の態度は中央政府の態度と直結している。(8/1/2013 アウイ・カズオ)

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