福島第一原発、最悪の事態を恐れなければならない50の理由(翻訳パート①)



よいまとめだと思いますので、日本語訳を掲載します。訳文は阿川。誤訳、ご指摘ください。全部で50項目ありますので、何回かに分けて掲載します。


福島第一原発、最悪の事態を恐れなければならない50の理由

Bay View: National Black Newspaper

溶解した炉心はどこに行ったのか不明な上に、放射性物質は秘密裏に垂れ流されている。
日本の独裁的、厳格なメディア検閲と、グローバル企業によるメディア規制は、福島の現実を公民の目から隠すことに成功してきた。
しかし、それで環境から、市場に出回っている食品や産物から、そして私たちの身体から放射性物質が取り除かれているわけではない。まったく無害、という憶測もあるが、人類にとって壊滅的な結果(世界の終わり)をもたらすという憶測も。
 事実は極めてシンプルだ。この70年間、(アメリカ合衆国の)政府は核関連の工場や、原子炉を爆撃し続けてきて、大量の放射性物質が環境に放出されてきた。これらが環境にどういう影響を与えるかについて、われわれには知るよしもない。なぜなら核関連産業がこれを研究することを断固拒否してきたからだ。核実験も、原子炉事故も、その被害の証拠を提示する義務はすべて加害者ではなく被害者が負って来た。核産業自体は、とにかく「害はない」と言い続けてきた。
 こうした「被害を見ず、賠償せず」という態度は広島原爆から福島まで、そしてこれから起きるであろう(今この瞬間にも起きるかもしれない)別の核汚染も含めて、ずっと貫かれていく。
 この放射能汚染が、海を、この惑星を、我々の経済を、そして我々自身を破壊する最悪の事態に備えなくてはならない。その50の理由を挙げておこう。

1. 広島と長崎(1945)において、アメリカ合衆国軍は『放射能汚染は存在せず、無害だ』とした。捕虜となっていた米軍人も含めて被害者たちとその支持者たちを「訴える資格なし」とし、嘲笑った。
2. 同じように、ノーベル賞受賞者であるライナス・ポーリングとアンドレ・サハロフが成層圏での核実験が多くの死者をもたらすと正しく警告したのに、これを「腹立たしい難癖」として退けた。彼らがメディアで勝利を獲得するまでは。
3.  1946年~63年までの核実験中、そしてその後、南太平洋とアメリカ合衆国西部の風下に住む人たち、そして何千もの「核実験に従事した退役軍人たち」は、彼らの「被爆による健康障害なんて想像上のものにすぎない」と言われ続けた。彼ら自身がそうでないことを明白に証明するまでは。
4. イギリス人医師、アリス・スチュワートが1956年に妊娠中の女性に対してほんの少量でもX線を当てることが小児白血病の危険を二倍に引き上げることを証明したとき、彼女は核関連団体と医療団体から訴えられ30年間もの裁判での戦いを強いられた。
5. しかし、スチュワートの発見は悲劇的にも正しいものであり、放射線に「安全な許容量」などなく、妊娠中の女性はいかなるX線照射にも、その他の放射線照射にもさらされるべきでないということが医学的なコンセンサスとなるのを助けた。
6. 私たちの環境にはすでに400以上の商業原子炉が作られているが、それらが健康と環境にどんな影響を及ぼしているかについての意味あるデータは存在せず、地球規模での体系的なデータベースは作られていない。
7. 商業炉についての「放射線許容範囲」基準は、広島・長崎原爆から5年後に始められた誤った「原爆研究」データに基づいており、福島他のデータも核関連産業が金を使わなくて済むように改ざんされたデータと化している。
8. 核爆弾も原子炉から放出された放射能物質も、アルファー線とベータ線を放出する核物質だが、これは体内に入って長期間体内を被爆させる。核関連産業はこれを飛行機に乗ったときや生活環境にあるガンマ線やX線による外部被爆と同じだとするが、これはまったく誤っている。
9.  核関連産業は、放射性物質による長期間の被害を評価することを拒み、スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故、福島事故などにおける健康被害を隠し、被害者たちが断片化された事例研究にしか頼れない状態を作り出している。核関連産業がこれらの研究を「信用性なし」とするのはいとも簡単だ。
10. 時計の文字盤にラジウムを塗布する作業や、爆弾製造、ウラニウム採掘・加工・濃縮作業、核廃棄物処理、その他の放射能被爆をもたらす作業からもたらされる人間の身体への障害は、何十年も核関連産業によって隠蔽されてきた。
11. アインシュタインの同僚だったアーネスト・スターングラス博士が「原子炉から放出される放射線は人体に有害だ」という警告を発したとき、彼の著作「低レベル被爆(1971年)」何千冊もが奇妙にも倉庫から消え去った。
12. アメリカ原子力委員会の主任医学員だったジョン・ゴフマン博士が「原子炉が放出する放射線量は90%下げる必要がある」と主張したとき、彼はアメリカ原子力委員会を辞めさせられた上に公に非難の的にされた。ゴフマン博士は核関連産業の創始者のひとりであったにもかかわらず。
13.  ゴフマン博士はマンハッタン・プロジェクトのメンバーでもありLDLコレステロールに関するパイオニア的研究者だが、彼は後に原子炉産業を「計画的な大量殺人装置」と呼ぶようになった。
14. 核物質放出モニターなどのモニタリング装置はスル―マイル島事故(1979)ではまったく機能しておらず、どれくらいの量が放出されたかも、それがどこに行ったかも、誰がどのような被害を受けたかもまったく不明のままだ。
15. しかしスリーマイル原発の風下の人々2400人が集団訴訟を起こした裁判で、連邦判事は「住民が被害を受けるほどの放射性物質は放出されていない」と述べた。どれくらいの量がどこに放出されたのかまるで分かっていないのに、だ。

②に続く

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