先住民と開発:「繋がっていく越境です―フィリピン、北ルソンの旅」 ―適応adoptionと、持続可能sustainability―

 「アメリカは私たちの心を飼いならした」-3年前にそう語ってくれた若きイバロイ・イゴロット、ベティ・リスティーノさんのところで、彼女の仲間たちとおしゃべりしたときのキーワードは「適応」だった。

―貨幣経済に飲み込まれ、開発され、抵抗し、でも開発され、農地を奪われ、それでも「売れる」専門性を求めて学校に行き、そういう人たちがまた「開発」を引っ提げて自分の故郷を荒廃させていく…それでも、そういう流れに「適応」しなくては生きていけない。
―適応って、どういうこと?それおかしんじゃないか、抵抗しなくちゃいけなんじゃないか。

―負けました、降参でーすってことじゃないですよ。ある程度受け入れなければ交渉もできないでしょ、適応する部分がなければポッキリ折れちゃうでしょ。適応って、つまりは「生きる」って意味。
―心をある程度飼いならされて、売れる専門性を学校行って身につけても、それを逆に開発への抵抗に使える部分もある。そこに突破口があるんだよ。何もかも否定しても、どこにも行きつかない。

若きイバロイ・イゴロットも30歳になった。10年間、一人になっても活動を続けてきた30歳の言葉。
―大きなことをやろうとして失敗してその失敗体験を残すより、小さくてもいい、何かを成し遂げた(抵抗した)成果を次世代に残すことが大事。目標を絞って攻めるの。

もちろんイゴロットの抵抗運動は一枚岩ではない。最近、フィリピン政府はずっと非合法化されてきたフィリピン共産党の「新人民軍New People’s ArmyNPA」と和解したというニュースが流れた。NPAが拠点としてきた北ルソンの山の中には、しかしCordillera People’s Liberation Army: CPLAが今でも武装闘争を掲げて政府と和解するNPAと決別した。山の中にはCPLAのシンパも少なくない。自治を、いや独立を勝ち取るのだと主張して徹底抗戦する構えの人たちもいる。イゴロットの中にはまた、自治区もいらない、政府に協力して平地に同化しようという勢力も(特に富裕層には)大きい。

ベティの抵抗は一つの成果を上げた。フィリピンが去年から12年一貫教育に以降。これを機に各地の教育は最初の三年間は「母語」が基本となり、地域の伝統的な知識が優先されるように様変わりをしたという。ベティたちだけの成果ではもちろんないだろうが、彼女たちが10年近く努力して積み上げた地元の歴史、地元の知識の文書化、記録が役立ったことは確かだ。平地の経済や知識も受け入れながら、自分たちのものを作り上げる地道な努力が政府にも通じた、と言えるのかもしれない。彼女たちにとっての持続可能な抵抗の道がどっちに伸びているか、少しだけかもしれないが見えてきた。(阿川)

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