熊谷保宏さん、「熊さん」逝く。
熊谷保宏さん、「熊さん」逝く。享年46歳。これからという人を 失くした。私より1回り以上若かったけどそんなことが気にならな い20年数年来の友人だった。熊さんがまだ日大の応用演劇で助手 してた(と思うんだけど、その)ころに、当時私が勤めていた国の 機関で(何のプロジェクトだったか忘れたけど)演劇とは関係ない 何かのプロジェクトでコンピュータ関係を手伝ってもらったのが最 初だった。その後、私の考えていた活動と熊さんの考えていた応用 演劇とくっつけて何かやろうということで、まず上記機関で一二度 、ワークショップをやった。それから、東京や埼玉などで何度かワ ークショップとか遊びとか(日本にやってくる外国人労働者をめぐ るシアター・フォーラムなど)やってまわった。自宅にも何度もお 邪魔して夜中まで話したことも何度かあった。何にでも使えるアク ティビティ集を作ろう、ということになってその話も繰り返しした 。その企画の母体として熊さんと一緒に「たぶんかいしゃ」という変なものをネット上に 立ち上げたこともあった。そのころのことを、熊さんは応用演劇の 雑誌に書いてくれているが、書誌情報は忘れてしまった。そうそう 、映像を見倒して、ぐだぐだ何でも言い合おうという会もけっこう やった。
「言いたいことがあるってだけで、もう100点満点。うまく言え るかどうかなんて関係ない」―それが熊さんの考えだった。私が国 の機関を去ってふらふらした後、台湾に拾ってもらってからもとき どき、急にメールが来る。開けると、一言「もしもし」とだけ書い てある。こちらも「もしもし」と答える。要件があるときもあった けれど、たいていはそれで終わり。もしもし、もしもし。もう一度 台湾に来てもらうことができなくなった。私の中では放射能汚染と 、熊さんの心不全は無関係とは思えない。納得のできない突然の死 だった。(古川ちかし)
「言いたいことがあるってだけで、もう100点満点。うまく言え

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